三つ巴の争奪戦
「千歳ぇえ!!どこほっつき歩いとったんやぁああ!!」
放課後部室に顔を出した瞬間、中に居た金太郎に勢いよく飛びつかれた。
千歳の首に腕を回し、しがみ付いている金太郎の足は勿論地に着いていない。
つまり首だけで彼の全体重を支える事になるため、千歳は流石に堪らないとその小さな身体を抱き上げる事で対処した。
「ん~、ちょっとふらっと・・・」
「幾らなんでも長過ぎやでぇ!?昨日なんか部活放り出して皆で千歳探ししたんや!!」
「ぇえっ!?・・・そぎゃんこつしとったと・・・??」
軽く目を見開いた千歳は、傍らで不機嫌そうに立っているもう一人の後輩に問いかけた。
「アホらし・・・けどま、そんなとこっすわ」
吐き捨てるようにではあるが、一応質問に対しては答えてくれる後輩、財前。
その目はさも忌々しそうに、抱き上げられている金太郎に向けられている。
「そげんこつなっとるとは思っちょらんかったばい・・・悪かね」
申し訳無さそうにしている辺り本心なのだろう。
了承の意味を込めて財前は小さく溜息を吐き、いい加減我慢の限界だったのか金太郎を千歳から引き剥がした。
と、その時千歳の背後にある出入り口が、突然激しい音を立てて開かれる。
思わずビクリと肩を震わせた千歳を見て、財前は今度は扉の方へ心底苛立った瞳を向けた。
「千歳!!部活来とるてホンマか!!!」
「・・・謙也さん」
部室に猛スピードで飛び込んできたのは勿論浪速のスピードスター。
千歳が口を開く前に、財前はどうしても言わなければならない文句があった。
「ん?なんや財前」
「謙也さん、千歳先輩は俺らより遥かに音に敏感やねんから、そないな爆音鳴らさんでもらえます?」
それはいたって正論で、謙也も素直にその顔を申し訳無さそうに歪めた。
「せ・・・せやったな・・・!すまん千歳、驚いたやろ・・・」
「気にせんでよかよ」
本当に気にしてはいないのだろう。
しかしあまり言い過ぎても、せっかく進言してくれた財前の気持ちを無下にしてしまう。
曖昧に微笑んだ千歳は、どうしたもんかと困ったように頭を掻いた。
「あぁ、昨日探してくれちょったって。迷惑かけてすまんたいね」
「なんや、聞いたんか!ま、軽く冒険気分やったさかい、気にせんでえぇっちゅー話や」
話を変えようと切り出した話題はどうやら成功だったようで。
千歳はホッと密かに息を吐いた。
「冒険は楽しかね」
「せやけど!!これからは極力連絡せぇ。心配するやろ」
「ん、悪かね。・・・にしても、みんなたいが心配性たい。妹のミユキんごたるね」
その言葉に一瞬喜びかけるも、ふと躊躇う。
妹みたい?
それはつまり、・・・恋愛対象外という意味では?
間違いなく千歳はそこまで深く考えていないのであろうが、意味を理解していない金太郎を除く二人は深く肩を落としてしまった。
「・・・?どぎゃんしたと??」
突然落ち込みだした二人に戸惑い、千歳が声をかけてくる。
この男は恐ろしく鈍感だ。
自分達の思いになど一切気付いてはいない。
一時期にはその恋愛感情を全員明確に意思表示していたこともあったが、そこは持ち前の天然をもってして切り落とされてしまった。
まさに無意識に展開される鉄壁のガード。
「・・・いや、なんも無い。気にすんなや・・・ハハ」
「??」
更に不思議そうに首を傾げるこの男。
堪らない程愛らしいその姿に、三人・・・いや二人は理性を抑えるのに必死だった。
自分達四天宝寺テニス部は皆揃いも揃って、この誰よりもデカイ体躯をもちながらにして誰よりも愛らしいこの存在に惚れている。
このテニス部において、千歳千里争奪戦はもはや本人の与り知らぬところで冷戦状態にすらなっていた。
いかなるアプローチも通用しないこの千歳になす術がなくなった部員たちは、とりあえず現状では誰も抜け駆けしないように牽制しあっている。
・・・ただ一人、金太郎を除いて。
「千歳ぇえ!!ほんっま可愛らしいやっちゃなぁああ!!」
「なんね、金ちゃんの方が可愛かよ?」
「いーーや!!千歳は可愛ぇんや!!可愛ぇったら可愛ぇ!!」
「ん~・・・そぎゃん可愛い連呼されっと、複雑ばい・・・」
腰に巻きついてきた金太郎の頭を撫でながら、千歳は困ったように笑う。
この様子を見ても、金太郎は明らかに千歳の恋愛対象に含まれてはいない。
・・・いないがしかし、
気に入らない。
「ちょ!!離れぇや金ちゃん!!」
「離せや謙也ァ!!ワイ千歳のがえぇ!!」
「イダダダ!金ちゃん、腰っ・・・痛かぁ」
「遠山、千歳先輩から手離さんかい!先輩痛がってるやん」
「せやかて謙也が引っ張るんが悪いんや!!」
「ほなひっぱらんさかい、早う千歳から離れんかい!!」
「ぶ・・・部活せんでよかと・・・?」
恐らくこれはもう自分が何を言っても収まらない。
千歳を中心に騒ぎ始めた三人は、その後額に青筋を浮かべた白石が来るまで止まる事は無かった。