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第十幕

 

 

 

 

 

 

 

「銀さんが居なくなって、もう二週間か・・・」

「銀ちゃんの指名手配はもう江戸中に広まってるアル。・・・これじゃ戻るに戻れないネ」


真撰組により立ち入り禁止とされた万事屋の前で、子供二人は深く溜息を吐いた。


あれから二週間。


銀時が見つかったという報告も無ければ、真撰組からの情報提供要請も無い。

新八の家に身を寄せている二人はこうしていつもこの場所に来るが、決まって追い返されるのが常だった。


「神楽ちゃん、帰ろう?また明日、もしかしたらってこともあるしさ」

「・・・そうアルな」


もはや信じることしか出来ない。
しかし、それすらも辞めてしまったら、もう終わりだと思うから。

二人は決して諦めない。

それでもやはり心は不安に満ちて。
落ちた肩を隠す事も無く帰路についた・・・その時。


「何しけた面してやがる」

「「!!??」」


驚いて二人が勢い良く顔を上げたその先にあったのは。

笠を深くかぶりニヤリと微笑む、見覚えのある男。


「高す・・・!!」


新八が叫びかけるも、慌てて自らの口を押さえ込む。

今叫べば、付近に居る真撰組にバレてしまう。

新八の行動をニヤリと笑って見ていた高杉は、くるりと背を向けて歩き出した。


「オイ・・・!どこ行くアルか・・・!?」


出来る限り声を抑えて神楽が呼ぶと、高杉は歩みを止めて一言。


「ついてこい」


それだけを放って再び歩き出した唯一の手がかりを、二人は見失ってなるかと追いかけた。




高杉に連れてこられたのは、街の外れにある小さな茶室。

寂れてはいるもの手入れはされているのか、会話をする分には十分な場所だった。


「銀ちゃんは元気アルか・・・?」


室内に入って早々笠を外して座り込んだ高杉は、一向に話しはじめる気配も無く。
痺れを切らしたのはやはり神楽であった。


「・・・まぁな」


言葉とは裏腹に、歯切れの悪い返答。
すこぶる元気でいるとは思っていなかったが、やはり不安は解消されないままで。


「・・・良くないんですか?」


新八が不安そうに尋ねれば、高杉はただいつものようにニヤリと笑って答えた。


「良いとでも思ってたかァ?」

「それは・・・」

「ぶっ壊された人間が、そうそう立ち直るはずはあるめぇよ」


微かな希望さえも斬って崩される言葉。
しかし、下手に誤魔化されるよりは幾分かマシに思えた。

これが彼なりの優しさだと思えば尚の事だ。
真実をありのままに伝えてくれる。

あの銀色の姿が見られないのなら、今何よりも知りたいのはあの人の”現状”なのだから。


「今日は、何で此処へ・・・?」


新八は慎重に尋ねる。
一歩間違えれば、貴重な情報を逃しかねない。

しかしそんな思いも高杉にはお見通しなのか、まるで帰りはしないという意思表示でもあるかのように、ゆっくり煙管を取り出して火を付けた。


「言ったろうが」

「え?」

「気が向いたら、説明してやらなくもねぇとなァ」

「あ・・・!」




静かに紫煙を吐き出した高杉は、再びニヤリと微笑む。

銀時が壊れてしまった、あの日もたらされた言葉。
二人はようやくその顔に喜びを乗せて、顔を見合わせた。


「新八・・・!!」

「うん!・・・ありがとうございます、高杉さん」


その顔に笑顔を乗せて、深くお辞儀をする新八。

しかし、高杉の心中は複雑だった。

この二人を安心させる言葉など、自分は何も持っていない。
あるのはただ、彼等が愛する男の深過ぎる傷と、重過ぎる現状だけなのだから。


それでも。


自分には伝える義務がある。
それは正直に言えば、子供達の為などでは無い。

全てはあの愛しい存在を護る為だけに。


「最初に聞く」

「?」

「俺は良い話なんざ一つもする気はねェ」


今までニヤリと歪められていた瞳が、スッと細められる。

それは真っ直ぐに新八の瞳を射抜き、視線を外される事は無かった。

無意識に生唾を飲み込む。


「それでも、最後まで聞く気はあるか?」

「・・・!」


即答したかった。

しかし、高杉の眼はあまりにも真剣で。
彼自身の覚悟の大きさが痛いほど伝わってきた。

答えは決まっている。

しかしどうしても出なかった言葉を変わりに発したのは、隣に座っていた少女だった。


「当然アル。銀ちゃんは大事な家族ネ。いらん心配してんじゃねぇヨ」


口調とは裏腹に、その言葉の真意は深く。
新八も大きく頷くと、高杉の眼を真っ直ぐに見返して続けた。


「覚悟はしています。・・・お願いします」


子供二人の精一杯の返答。
高杉は、鋭く細めた瞳を和らげ、口元を僅かに緩めた。
 

 

 

 

 

 

 

 

 




同じ頃、江戸を忙しく走り回る真撰組屯所に、一人の来訪者が訪れていた。
真撰組にとって意外過ぎた客人は開口一番に鬼の副長を名指しして、面会を求めてきた。

用心をとって屯所内に居た一番隊隊長である沖田を連れて客室へと足を踏み入れた土方は、苛立ちを隠せないまま客人の正面へと座り口を開いた。


「大カンパニーの社長さんが俺に用とはな・・・。仕事の合間なんで、一服させてもらいますよ」


今すぐにでも仕事に戻りたい土方は、我慢しきれずに断りを入れて煙草に火を付けた。
正面に座る社長と呼ばれた男は、一切それを気に留める事も無く、盛大な笑い声を持ってそれに応えた。


「アッハッハ!!確かにワシとおんしらじゃあ接点も何もないきに。驚いて当然じゃあ!」


それを土方の傍らで見ていた沖田は心底面倒くさそうに溜息を付きながらも、記憶のふちを掘り起こすようにして口を開いた。


「確か”快援隊”とかいう会社の社長さんで、名は坂本辰馬・・・でしたっけ。で、用件はなんですかィ?うちも中々忙しい身でね」


それまで愉快気に笑っていた坂本は一息付いた後、その顔から一瞬で笑みを消す。
変わりに現れたのは真剣に細められる瞳と、トーンの下がった静かな声音だった。


「大事なもんもよう護り通せん腰抜けの狗が、大層な口効くもんじゃのう」

「!?」


土方が目を見開いて坂本を見る。

今、何と言われた?

確かに噂にはよく聞く。
大会社の社長にしてはなんとも能天気で、つくづく変わった男だと。
しかしそれはあくまで人から聞いた話だ。
少なくとも、土方も隣に座る沖田も初対面のはずであった。


「・・・何の話だ。そもそもアンタ、礼儀ってもんをしらねぇのか?」

「おんしには言われとう無いきに。お互い様じゃ」


二の句も継げない。
まるで人が変わったかのように隙を見せないこの男。
土方は居住まいを正して向き合った。


「その礼儀の無い社長が、此処へ何しに来た」

「腹の探り合いは好かん。単刀直入に結論から言わせてもらうきに」


促すように土方が目を細めると、坂本は眉を顰めて一言、言い放った。


「今のおんしに、銀時は護れん。銀時を知る覚悟も無いきに。拍子抜けじゃあ」

「・・・!!!」


予想外の人物の口から飛び出した、予想外の名前。
何を言われたのか理解出来ないのは沖田も同様のようで。

ただ一つ耳に残ったのは、一時とて忘れるはずが無いあの銀色の名。



「てめぇ・・・銀時を知ってんのか・・・!!!」

「それがおんしの、今一番しとうてたまらん質問か?」

「何・・・!?」

「それを聞いて、おんしになんの利益があるんじゃ?」


先程と同じ。
真っ向から吠え掛かる土方は、それを見透かしたように返す坂本に言い返すことが出来ないのだ。

それを冷静に見ていた沖田は、その顔になんの表情も乗せないままに口を挟んだ。


「聞いたのは結論だけでさァ。過程を説明してもらいましょうかねィ?」

「・・・部下の方が冷静で頭が切れるんは、何処の組織もおんなじじゃき。・・・ただ」


一瞬目を細め沖田を視界に入れた坂本は、直ぐに土方に視線を戻して続ける。


「冷静さを欠くほど銀時を思っちゅうなら・・・尚の事」


サングラスから覗く瞳は思慮深げに細められて。


「外野を気にしちゅう間は、死んでも銀時を知る事は出来んぜよ」

「・・・少なくともテメェよりは知ってるつもりだぜ」


苦し紛れ、という言葉が一番適しているかもしれない。
土方の眉間に刻まれたシワは深く、自分の発言に反吐でも吐きそうな様子だ。
坂本は鼻を鳴らして軽く息を吐く。


別に自分と銀時らとの絆の深さを主張するつもりはない。
自分達の事を彼が知らないように、自分も彼と銀時の事を知らないのだ。


第一、今日はそんなくだらない話をしに来たつもりもない。


「・・・銀時が戻ってくる」

「は?」


意味が分からない、とでも言いたげに、土方は睨むように目を細めた。


「あくまでも自分は”幕府の狗”っちゅうんなら、もうこれ以上お前に用はないきに」


そういって立ち上がった坂本の目は、今日一番鋭い光を放っていて。
一瞬たりとも土方の挙動を見逃さないと、監視しているようにも見えた。


「だがもし、”土方十四郎”として銀時に会うと誓えるんなら、お前にしか出来ん頼みがあるぜよ」

「俺にしか・・・?」

「明日のこの時間、もう一回此処へ来ちゃる。それまでに決めとくんじゃな」


それ以上話は無いとでも言うように踵を返した坂本を咄嗟に呼び止めたのは、土方の隣に控えていた沖田だった。


「・・・俺は、”沖田総悟”でさァ」


その言葉に坂本は足を止め目だけを沖田に向けると、その口元はニヤリと歪められていた。


「・・・そん通りみたいじゃな。最初から」

「・・・」

「そん銀時並に頭の固い上司ば説得すんのも、部下の仕事ぜよ」

「ならアンタの部下も、さぞかし苦労人なんでしょうねィ」

「アッハッハ!陸奥には頭が上がらんきに!アッハッハ!!」


豪快なアホ面から笑い声を発しながら、坂本は今度こそ部屋から出て行った。




残されたのは苦虫をかみ殺したような顔をした土方と、先ほどまでより幾分かスッキリとした顔の沖田。

沖田は土方を見るなり軽く溜息を吐くが、何も言わずそちらに背を向けて自分も坂本が消えた出入り口へと足を一歩踏み出す。

が、踏み出したのは一歩だけ。


「土方さん」

「・・・」


返事はない。
だが初めからそんなもの期待していなかった沖田は、構わず続ける。


「江戸の平和を護るのが、俺たちの仕事でしょう」

「・・・」

「その俺達の心ん中が荒れてりゃ、世話ねぇや」

「・・・」

「江戸の市民を護るのが、俺達の仕事でしょう」

「・・・」

「その俺達が、一番大事な人も護れないんじゃ・・・・世話ねぇや」

「・・・っ」


依然として沖田は土方に背を向けたまま。
しかし気配で分かる。

土方はおそらく、忌々しげに畳を睨みつけていることだろう。


「もし真選組としてそれをやっちゃならねぇんなら、俺は”沖田総悟”としてあの人を取り戻してぇんでさァ」


何かを握り締める音。
それは服か刀か。
沖田は静かに正面の襖を見つめて、自分の思いを乗せて言葉を紡いだ。


「・・・刀を置いていけというなら、それでも構わねぇ」


その言葉が一体どんな意味を持つのか。
沖田も土方も、それを知らないはずが無い。
だからこそ沖田は、それをもって自分の覚悟を提示したのだ。


「アンタも決めんなら、ちったぁ自分に正直になりなせぇ」


そう言葉を投げかけると、沖田は一度たりとも土方を振り返る事無くその部屋を後にした。

残された土方の周りには、いかんともしがたい空気だけが漂っていて。
煙草すらも吸う気になれず、ただ一人その場で俯いていた。


「・・・自分の身の振り方まで見失うたぁ・・・落ちたもんだぜ」


呟くように発せられた言葉は、紛れも無く自分自身へと向けられていて。
噛み締めた唇には血が滲み、握り締めた手は震えていた。


あっさりと割り切れない土方だからこそ、彼は今”此処”にいるのだ。
その心中は計り知れないほどの思いを巡らせて。


土方は一人、その腰に下げる刀の意味を問い続けた。





 

 

 

 

 

 

 

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