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歩み寄る少年

 

 

 

 

 

 


常に意識を張り巡らせていた。

出来る限り身体を丸めて。
出来る限り頭を隠して。
見つからないように。
隙を付かれないように。


眠る事はすなわち、死と隣り合わせの行為。


しかし眠らない訳にも行かず。
ただただ存在を消して、気付かれないように細心の注意を払う事は、自己防衛として当然の行為だった。


それは今も変わらない。

先程与えてもらった暖かい布団と部屋。
それに絶対の信用など持てるはずも無く。
銀時は掛け布団だけを手に取り、壁と壁が垂直に交わる部屋の角を陣取った。
壁に寄りかかって息を潜め、小さく丸めた体の上に掛け布団を巻く。

その隙間から瞳だけを覗かせて。


人生の中で今まで経験し得なかったこの状況に脳内は冴えて、とても眠れるような状態ではなかった。

それも重なって、覗く瞳は閉ざされる事無く、まるで室内を監視するかのごとく見据えられていた。
その瞳が、ある変化を目撃する。


ゆっくり開かれる襖。
反射的に止まる呼吸。
見開かれた眼球はただ、開かれた襖の向こうを凝視していた。


襖からゆっくり現れたのは、あの時自分を庇った少年。


相変わらず不機嫌そうな少年は、もぬけの殻の布団を訝しげに見てから、此方に気付いた。

ビクリと跳ねる肩。

足に力を込めて、いつでも逃げられる体制をとる。


しかし。


少年は一度溜息をついてから、面倒そうに敷布団を指差した。



「寝る時は、ここに横になって寝るんだ」

「・・・?」


予想に反して、少年は此方に近づいてくる事は無かった。
ただ敷布団の横に腰を下ろして、不機嫌な眼差しを此方に向けていた。


何なんだろう。
何で此処に来たんだろう。
どうして帰らないんだろう。
訳が分からずに、銀時はただただ混乱した。


だが答えなど返ってこない。
少年はそれきり一言も口には出さず、静かに此方を見ているだけだったから。


頭まで被った布団をそのままに、ほんの少しだけ前にでる。
そこで様子を見るが、少年に動く気配は無い。

また一歩近付く。
また一歩、一歩。

いつでも逃げ出す心積もりのまま、とうとう手を伸ばせば届く距離まで近付いた。

自ら人に此処まで近付いたなんて初めての経験で。
複雑過ぎる心境のまま、銀時は布団を握り締めた。

そこに来て、少年はある変化を見せる。
肩を震わせたが、逃げるまでには行き着かなかった。

なぜなら。


「・・・?」


昼間に出会ってからというものの、常に不機嫌な顔をしていた少年が、静かに微笑んだのだ。

それはまるで、自分に名をくれたあの人が見せるような優しい微笑みで。

怒気には慣れていても、優しさには慣れていない銀時は、ただただどうしていいか分からずに眼を泳がせた。


この温もりに流されてしまっていいのか。
人を信じて良いのか。
そんな葛藤に苛まれながら。

そんな心情を知ってか知らずか、少年は静かに口を開いた。


「別に何もしない」

「?」

「ただ、様子を見に来ただけだ」

「ようす・・・?」


何故?とでも問いかけるように首を傾げる銀時に、少年は困ったように頭をかいた。


「いや、その・・・せ、先生に、頼まれた」


目線を逸らして言われた言葉の真意は分からない。
それでも、銀時の心の中には確実に暖かい何かが広がっていて。

その理由は分からないが、ただなんとなく。
この人は怖い人じゃない、と思った。

・・・でも。


「こわくない・・・?」

「え?」


突然の問いかけに驚き、少年が視線を戻すと、銀時は不安そうに自分を見ていた。


「こわくない?」


もう一度、紅い眼を指差して問われたその言葉の意味を理解して、少年は再びあの優しい微笑みを見せた。


「おめーなんか、怖くもなんともねぇ。俺と同じ、子供なんだから」




自分と同じ。
それだけで、銀時は心から安堵した。
自分を、同じ存在だと、そう言ってもらえるだけで。


「分かったら、子供は早く寝る時間だぜ」

「・・・たか・・・?」


首を傾げる銀時の言葉を推理する。
これは恐らく。


「晋助でいい」

「しんすけ?・・・晋助」

「何だよ」

「晋助も、ねる?」


敷布団を指差して尋ねられた言葉に、晋助は驚いた後、困ったように頭をかいた。


「それはおめーの布団」

「?」

「俺のは俺の家にあるから。帰らねぇと怒られる」

「かえる?」

「あぁ。俺は此処に住んでねぇから」


不思議そうに此方を見てくる銀時に、高杉はもう一度布団を指差して誘導した。


「ほら、早く寝ろよ」

「・・・・」


どうしたらいいのか一瞬迷った後、銀時は恐る恐る布団に乗り、横になった。

包まっていた布団を広げて、身体全体を覆うようにかけてやる。

不思議そうな顔で此方を見てくる銀時に苦笑しながら、その頭に静かに手を乗せて撫でた。

一瞬ビクリと身体を震わせたが、払いのけられる事は無く。

ふわふわの銀髪は触り心地が良くて、逆に此方が眠くなってしまいそうな程だった。


「じゃ、おやすみ」
 
「?」


どういう意味だとでも言いたげな顔に、高杉の心に少しだけ痛みが走る。


他の言葉はなんとなく知っているようなのに、こういった日常生活で使用する挨拶等は通じない。

それはつまり、挨拶を交わすような相手が、今の今までこの少年には存在していなかったと言う事だから。


「眠る時にかける、挨拶だ」

「あいさつ・・・?」

「あぁ。”おはよう”も、”いってきます”も、”ただいま”も、皆挨拶の仲間だ」

「あいさつ・・・」

「挨拶は、お互いに返しあって初めて”挨拶”になるんだ。だから銀時も言うんだよ」

「うん・・・おやすみ」


まだ良く分からないような顔をしてはいたが、此方をみてたどたどしく発せられた言葉は何故かとても、温かかった。


「あぁ。・・・おやすみ」


挨拶を交わして、高杉が部屋を後にしようとした所で、銀時が身じろぎする気配を感じた。

なんとなく振り返ると、先程までいきいきとしていた表情から、不安そうな表情へと変わっている。

どうしたもんかと悩んだ結果、再び先程の場所へと座り込んだ。


「・・・しょうがねぇな」

「?」

「・・・寝るまで、居てやる」


どこか不機嫌そうな、照れているような。
複雑ながらも、確かにそこには居てくれるようで。

銀時は小さく頷いて瞳を閉じた。





翌日。

一つの布団に気持ち良さそうに眠る二人の子供の姿。

すっかり寝過ごして慌てて帰宅した高杉に、案の定両親からの雷が落ちたのは、また別のお話。







 

 

 

 

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