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第八幕

 

 

 

 

 

 

 

警報が鳴らされてから数分。
既に屯所は予想以上の数で攻め寄せてきた攘夷浪士達との戦場と化していた。

激しい攻防を繰り返していたその時、屯所を囲む塀が爆弾によって破壊される。
その爆風に腕で顔を覆いながら舌打ちした土方は、抉り取られた塀を塞ぐ様に隊士達を再配置していく。


「四番隊は塀を護れ!六番隊はそのまま門前を固めろ!!何が何でも奴らの侵入を許すな!!」

「副長!!」


各隊に指示を出していた土方の下に、山崎が姿を現す。
指示を出し終えた土方が山崎を呼び報告を促すと、素早く確実に報告を開始した。


「沖田隊長は丁度旦那と同じ場所にいらしたので、その場で一番隊への指示を伝達。局長は現在屯所中央にて二番隊が護衛中です」

「よし、山崎は敵側の情報を手に入れて来い。このままじゃ圧され負ける!敵の根城をなんとしても暴け!」

「了解です!!あ!それと副長!」

「ぁあ?何だ!」

「あの、万事屋の旦那から言伝が。万事屋の子供達が此処へ来たら、護ってやって欲しいとの事で」

「・・・っ・・・チっ・・・分かった。奴らが来たら出来る限りで隊を再配置する。他にねぇなら早く行け!!」

「了解です!!」


忍者の如く姿を消す山崎を確認した後、すぐさまその眼を忌々しげに攘夷浪士へと向ける。

ここで自分たちが敗北を喫すれば、中に居る近藤、果ては銀時の身が危険に晒される。
それだけはなんとしても避けなければならない。

刀の柄を強く握り締めてから、土方は敵陣に切り込んでいく。
次々とその剣技で切り伏せていくが、敵の数は増える一方。
土方の鬼神の如き切込みに他の隊士も雄叫びを上げて切りかかるが、状況は明らかに不利であった。


大きく舌打ちをしながら敵陣へと攻め込み、切りかかる。
三人を切り飛ばした土方が、次の敵を模索しようとした瞬間。





背中に感じたのは殺意。





眼を見開き背中に眼を向けると、そこには目前にまで迫る刀身が目に入った。


「・・・!!!」


やられる。
そう土方が息を呑んだときだった。
目の前まで迫っていた刀身が失速し、やがて地面に軽い音を立てて転がる。
続いて聞こえたのは、その剣を振っていた人間が力なく倒れる鈍い音だった。


「・・・っ?」


何が起こったのか。
理解しようと脳をフル稼働させたとき、土方の窮地を救ったと思われる人物の声が響いてきた。


「よォ。鬼の副長様がだらしねぇ醜態晒していやがるじゃねぇか」


その声の元に急いで視線を向ける。
そこに居た人物を見て、土方はこれ以上無いほどに眼を見開いた。


「な・・・っ・・・て、テメェは・・・っ!?」


そこに居た人物は、紫色の女物を思わせるような着物を纏い、片目を包帯で覆った男。
その手には今しがた攘夷浪士を切り落とした為に付着したのであろう、血を滴らせた刀を持っている。


見間違えるハズが無い。
この男は、自分たちが追い続けていた、攘夷浪士の中で最も危険な男。







・・・・高杉晋助だ。







「・・・っ・・・この騒ぎは、テメェが・・・っ!?」

「何すっとぼけたこと抜かしていやがる。幕府の狗は眼も悪ィのか」

「っ!」


確かに。
今高杉は、間違いなく奴の味方であるはずの攘夷浪士を切り捨てた。
それも、真撰組副長である、自分の背中を護って。


理解が出来ない。
それは当然の事であった。
例えこの場に居たのが土方ではなく銀時であったとしても、理解は難しかったであろう。
なにせ、高杉と真撰組は誰しもが知る犬猿の仲なのだから。


「ど、どういうことだ・・・!!」


なんとかそれだけを搾り出すと、高杉は愉快気に喉を鳴らした。


「勘違いするなよ。俺ァお前を護ったんじゃねぇ」

「なんだと!?」

「俺が護るのは、今も昔も、一人しか居やしねぇ」

「・・・??」


理解が出来ないと眉を寄せる土方をみやり、愉快気に歪めていた瞳を真剣な色に変えて、その視線を屯所へと送る。


「俺が護るのは、この世界でただ一人。・・・・あの白銀だけだ」

「・・・っ!!!!」


驚いて眼を見開いた土方は、その目をすぐさま鋭く細める。


「てめぇ・・・っ・・・あいつの事知っていやがるのか!?」

「・・・そりゃあお前達よりも遥か昔から。・・・誰よりも深く知ってるぜ」

「・・・な・・・っ!!」


想像を超えた答えに、言葉を出す事ができず硬直する土方。
しかし高杉はそんな土方には構わず、切りかかってきた攘夷浪士を軽く切り落とした。


「俺ァお前達の味方じゃなけりゃ、こいつらの味方でもあるめぇ。ただ、おめぇらがアイツを護る為に此処に居るってんなら、それと同じ方向いて刀振る。ただそれだけよ」


顔に飛び散った返り血を真っ赤な舌で舐め上げながら、高杉がそれだけを言うと、敵陣の中に飛び込み舞うように敵を切り倒していく。

状況は未だに理解出来ないが、どうやら敵で無いことだけは確からしい。


今は少しでも力が欲しい。


背中を任せられる程信用することは出来ないが、今は戦力として数えたほうが利口だと思われた。


「訳のわからねぇ・・・っ!!クソっ!テメェら、奴にだけは遅れを取るんじゃねぇ!!ここは俺達の力で護り抜けぇえ!!」

「ぉおおおお!!!」


高杉の共闘を認める号令と共に隊士を鼓舞すると、土方自身も激しい雄叫びと共に、再び敵陣へとその身を飛び込ませていった。





真撰組隊士達の拍車がかかった気迫と団結力。
そして攘夷志士らにとっては、同じく過激派の同士だと信じていた高杉の思わぬ敵方としての参戦により、完全に戦況は逆転していた。

このまま叩き伏せる。
そう意気込んでいた時、突如先程の爆発音とは比較にならないほどの轟音が鳴り響いた。


「・・・っなんだ!?」


爆風に飛ばされそうになりながらもなんとか音の元凶の方を振り向くと、そこにはとんでもない物が浮かんでいた。
地表から少し目線を上げた上空。
そこには、雲が出始めた空にただよう、巨大な戦艦があった。


「・・・な・・・っ・・・戦艦・・・だと・・・っ!?」


土方が唖然として顔を引きつらせる。
どうやら先程の轟音は、あの戦艦から放たれた砲撃が屯所の塀どころか屋敷の一部までもを木端微塵に吹き飛ばした音であったらしい。

再び状況は浪士側へと傾き、一気に内部へ侵入せんと押し寄せてきた。


「くそぉ・・・!!てめぇら!!奴らが入り込む前に叩き潰せ!!」


土方が声を張るが、もはや多勢に無勢。
土方から少し離れた所にいた高杉は忌々し気に舌打ちをし、身体を屯所へと向けた。


「おい!何処に行きやがる!!」

「決まってらァ。もうここ居ても意味はあるめぇ。手練た奴らはもう中に入っちまってるからな」

「・・・くっ」


確かに、ここを守り通すには限界がある。
防衛線を突破された以上、新たな拠点を素早く設置する必要があるのだ。
それ以上会話をする気は無いのか、高杉はそのまま屯所の中へと走っていく。
土方も遅れは取るまいと隊を率い、屯所に入り込んだ敵を蹴散らしながら高杉を追った。


破壊された屋敷を通り抜けて中庭に出ると、そこには三人の浪士を前に立つ高杉の姿があった。
土方が高杉の少し後ろに立つと、浪士の一人が口を開いた。


「よもや貴様らが手を組むとはな・・・」

「こんな狗共と手ぇ組んだ覚えは一度足りともねぇ」

「ぁあ!?こっちこそテロリストなんぞと手組んだ覚えはねぇんだよ!!」

「ふ・・・まぁいい。我々も今回の一件、そう易々と事が運ぶとは思っていない」


そういって三人の浪士は一斉に刀を抜く。
それに併せて土方らも刀を構える。・・・が、高杉はそのまま歩を進めた。


「ぉ・・・オイ!?」


土方が慌てたように声をかけるが、高杉は足を止めない。
その眼は異常な程に怪しく光っており、視線で射殺すような勢いで浪士達を睨みつけた。


「おめぇらに用はねぇ。俺ァ先急いでんだ」

「流石は高杉晋助、勘が良いな。・・・だが貴様はそれこそ、我ら側に付くと思っていた。何せ我らの目的は・・・」


そういった浪士の首下に、いつの間にか間近まで迫っていた高杉の刀が突きつけられていた。

一つ冷や汗を流すが、浪士は高杉から目を離さず、そして続きを口にした。





「我ら攘夷志士にとっては最後の希望。戦場を駆け抜ける神々しいまでの白銀、それはさながら満月の如き怪しさを放つ」

「・・・」

「我らはその、白銀の月を取り戻す為に此処へ来た。・・・白夜叉は、今日、この日を持って蘇るのだ・・・・っ!!」


次の瞬間、高らかに演説を終えた浪士の首は高杉によって切り飛ばされていた。
血の噴水を吹き上げる仲間を見て、両側に居た二人が恐怖に慄く。

高杉は崩れ落ちた男を踏みつけて、刀に付着した血をゆっくりと舐め取った。


「・・・おめぇら如きが、気安くあの野郎を語ってんじゃねぇ・・・虫唾が走る・・・っ!!」


そう言って既に息絶えて横たわる男の身体に、更に剣を突き刺した。


「アイツのあの光が、おめぇら如きに見えるはずあるめぇよ」


言い終わる前に男の亡骸を蹴り飛ばすと、流石に土方が声をかけてきた。


「テメェ!やりすぎだ!!そいつはもう死んでんだろうが!!」

「あ?生きたまま斬り刻みゃ文句ねぇのか」

「そうじゃねぇ!!・・・っくそ・・・おい、なんなんだ、さっきの話・・・ありゃ、やっぱり万事屋の・・・?」

「あの野郎の過去もしらねぇで惚れたの何の言っていやがったのか?こりゃあ間の抜けた連中が居たもんだぜ」

「ぁあ!?うるせぇんだよ、誰が惚れたなんて言った!過去なんざ関係ねぇんだよ!!」


最初と最後で言っている事が真逆な土方にはあえて突っ込まず、高杉は剣を構えて残りの二人と対峙した。


「雑魚相手にしてる暇ぁねぇ・・・どけ・・・っ!!」

「・・・っ我らを殺したところで、時は既に遅い!!」


高杉の一太刀をなんとか凌いだ浪士は、それだけを搾り出す。
高杉が更に眼を細めると、浪士は気を狂わせたように叫んだ。


「我らの役目は元より貴様らの足止め。目標の元には今頃、隠密と戦闘を極限まで極めた一群が攻め寄せているハズだからなぁああ!!!」


それが男の断末魔となり、顔と身体を切られた男が床に転がる頃、土方ももう片方の男を切り捨てていた。


「・・・ぉいっ高杉!!」


土方の呼び声に振り返ることもせず、高杉は微かに刀音が響く奥庭へと走り出す。
その眼は今まで見せたことが無いほど怒りに歪められていた。


まだ、敵の首謀者が姿を見せない。
此処には来ていないのか。
もしくは既に銀時に接触してしまっているのか。


いずれにしても、手遅れになる前に。
高杉は真っ直ぐ、銀時の居るその場所へと走った。



 

 





 

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