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学園シンドローム 始業式編

 

 

 

 

 

 

 


眼前で吹き荒れる桜吹雪よりも


周りにたむろする女生徒達よりも


唯一無二の光を放つ魂に


俺はその日巡り会った。












また一年が始まる。
今年で俺も三年生。
世間一般じゃ受験だなんだで騒がしい年になった。

でもそんなもんに興味なんか無い。
学校での楽しみなんてせいぜい副委員長をいびり抜く事くらいだ。

取り立てて楽しい事なんて何も無い。
それが学校ってもんだろ。

そう。

楽しい事なんて無かったんだ。

・・・今までは。




学内の年中行事で一番最初にやってくるイベントといえば、始業式。
春休み気分もまだ抜け切らぬ中、まだ肌寒さの残る体育館に集められての全校集会。
バカな校長による謎の挨拶から始まり、どうでもいい伝達事項。
最後にはあまり覚えてもいない校歌を歌わされる。

この学校は一年からクラス丸ごと持ち上がりだから、新しいクラスメートの発表も無ければ、担任の発表も無い。
お決まりの流れを終えたところで、ようやく教室に帰してもらえると思ったとき。


「それでは最後に、新任の先生をご紹介します」


ん?

いつもには無いパターンに、今まで耳をほじりながら時計を見ていた沖田総悟は何事かとステージに目を向けた。

そこに来て消えかけていた記憶をやっとの思いで掘り起こす。

そういえば二年間自分達のクラスを受け持っていた担任が、前年度付けで寿退社したとかなんとか。
ともなればその新任とやらは自分達の担任か。

沖田はぼんやりとステージに意識を向けると、司会進行をしていた服部先生が舞台袖に向けて手招きをした。
・・・その顔は気のせいかニヤついているようにも見える。


「ささ、どうぞ此方に」

「はいはーい」


間の抜けた声を高性能マイクが拾い、体育館中に反響する。
こんな堅苦しい場面で、この間の抜け方。
流石の沖田の好奇心もくすぐられ、その人物が出てくるのであろう舞台袖に意識を集中させた。

その時。

慌てるでも無く舞台の袖から出てきた人物は、ヒラヒラと白衣を翻し、便所スリッパを引きずる様に中央へと進んでいく。
そして。
服部の隣に並んで生徒達の方を向いた瞬間。


体育館中がざわりと揺れた。


それもそのはず。
まず真っ先に眼に入るその頭髪は銀色で、天然なのか四方八方好き放題に跳ねている。
眼鏡の奥で気だるそうに細められている瞳は紅色。
そしてそれを収める顔には丁寧にパーツが並んでおり、その肌は白衣に巻けず劣らず、まるで雪のように白かった。





「あー、ゴホンゴホン。あー、聞こえますー?」


中央にあるマイクスタンドの前に立って、その容姿に圧倒されている生徒達を現実に引き戻す程とぼけた声が響く。

紅い眼をキョロキョロとさせてから、あ。と声を上げて手をポケットに突っ込み、突然煙草を取り出した。


「え!あ、ちょ、先生、流石にステージの上で煙草は・・・」

「あー、すぐ終るんで。本当、すぐなんで」


適当な返事を打ちながら男は煙草に火を付けると、一度深く煙を吸い込み、吐き出しながら生徒達が並ぶ列の一つに眼を向ける。

一度眼を細めてから、男は細い指に煙の漂う煙草を挟み、そのまま煙草をその列へと指差すように向けた。


「おめーらが三年Z組?」


突然声をかけられた列の生徒達は皆唖然とした後、すぐに黒い長髪を持つ男子生徒が勢いよく頷く。
それを満足そうに見ると、男は煙草を再び口に銜えてニヤリと微笑んだ。


「今日からおめーらのクラスを受け持つ事になった、坂田銀八でーす。よろしくー」


眼を丸くするもの。
頬を赤く染めるもの。
その姿をよく見ようと身を乗り出すもの。
多種多様な反応を全校生徒達が見せる中、ただ一人。

3年Z組に属する沖田総悟は、獲物を見つけたかのような瞳で銀八を見つめ、舌なめずりでもしそうな口元はニヤリと歪められていた。


「・・・楽しい事、みーっけ」


楽しい事なんて何も無いつまらない毎日。
そんな毎日に、突然銀色の光が降り立った。
沖田は生徒達が解散する中で、煙を漂わせながらステージを降りていく自分の担任の姿を、食い入るように見つめていた。







変わり映えの無い面子が首を揃える教室内。
いつもなら皆思い思いの友人と会話を交わし、自由気ままに過ごしているこの時間。

しかし今日は皆がどう見ても興奮状態に陥っており、誰しもが今か今かと前方にある出入り口に注目している。

そんな生徒達の中において沖田も例外ではなく、頬杖をついて出入り口をぼんやりと眺めていた時だった。


「おい総悟」


不意に声をかけてきたのは、このクラスの風紀委員副委員長である土方十四郎。


「はい?」


同じく風紀委員である沖田は軽く返事を返しながらも、その目は依然として出入り口から逸らされない。


「さっきの新任の紹介。見てたか」

「そりゃまぁ」

「・・・どう思う?」

「どういう意味で?」

「どうって・・・そりゃ・・・」

「へぇ・・・どんな奴に告られても見向きもしねぇ土方さんが担任にお熱とは、見過ごせやせんねィ」


ニヤリと口を歪めて聞いてやると、案の定土方はその顔を真っ赤にさせた。


「な・・・っおま!!違うっつの!!・・・ぉ、俺は、そう!!あれ、地毛なのかどうかって事だ!!もし染めてんなら風紀委員として見過ごせねぇだろうが!!」

「ふーん。気になるならまつ毛でも見てみりゃいいんじゃねぇですかィ?さすがにそこまでは染められねぇでしょうし」

「そ・・・そうだな・・・」

「ま、確かめるにはキス出来るくらいまで接近しなきゃ無理でしょうけどねィ」

「んな!!??」


土方が更に言い募ろうとするのと、生徒達が注目していた扉が開いたのはほぼ同時だった。

そこから銀色の頭がのっそりと現れたのを確認して、土方を含めた生徒達が慌てて自分達の席へと戻っていく。

先程と変わらずに煙草を口にしたままの銀八は、ぼんやりと生徒達が座るのを眺めてから、手に持った出席簿でトントンと自分の肩を叩いた。


「よーし。全員揃ってんなー。んじゃ始めんぞ」


ぼんやりとクラスを見渡してから、銀八は後ろを振り向いて黒板に何かを書き出す。
その文字は安定感が無く、縦に書かれていたものが徐々に右下の方へとフェードアウトしていた。

書いていたのはどうやら自分の名前のようで、書き終えて使命を終えたチョークをポイっと放り投げると、再びその身体を生徒達のほうへと向けて口を開いた。






「えー、さっきも言ったように、今日からお前達を受け持つ事になった坂田銀八でーす。一応担当は国語って事になってるけど、まぁその辺は適当に」


言っていることは教師として問題点ばかりなのであろうが、全員が静かに、むしろ食い入るように話を聞いている理由はやはり、銀八の存在感が全てを物語っている。

先程は遠くてそこまでハッキリとは分からなかったが、今間近に見て改めて思い知る。


とんでもない男が来た、と。


「まぁ今日は始業式って事で、特に授業とかやるわけじゃねーし、俺も眠いから解散って事で・・・」


開始早々終了の挨拶を口にした銀八に対し、血相を変えて意義を唱えたのはこのクラスの学級委員長である桂小太郎だ。


「先生、此処は一つ、折角ですから先生の自己紹介などしてはもらえませんか?終了するにはまだ早すぎると思いますので」


真面目なフリをして下心しかないその申し出も、今日ばかりは誰一人として突っ込まない。

なぜならそれは、誰しもが思い、誰しもが望んでいた提案であるからこそ。


「え?何。おめーら俺なんかに興味ある訳?今時めずらしーねぇ」


驚いて眼を見開いてから、出入り口へと向かいかけていた足を教壇へと戻す。
横にあった椅子を引っ張ってきてから腰を下ろすと、教壇の上に出席簿を広げた。


「・・・つっても自己紹介ったってなぁ・・・なんも思いつかねぇから、おめぇら適当に質問しろ」


自己紹介を丸投げした担任にがっくりと肩を落としながらも、ぽつぽつと質問が飛び始めた。


「先生、その髪の毛は地毛なんすか?」


早速誰しもが気になっていた質問を飛ばしたのは、先程その話題を挙げていた土方。
銀八は出席簿で名前と顔を確認しながら、動じる事無くぼんやりと質問に答える。


「あー、そうだよ。髪もワキ毛もぜーんぶこの色。何でとかは無しな。俺も知らねぇから」


あ、と思い出したように呟いた銀八は、付け足すように続ける。


「ついでに眼も自前だからな。めんどくせぇから先言っとくわ」


ツンツンと自分の目を指差しながら先手を打たれた回答は、まるでそれ以上聞くなとでも言われているようで。
生徒達は暗黙の了解で質問の方向性を変えることにした。





「先生は何か部活の顧問でもされるんですか?」


緊張した面持ちで質問したのは風紀委員長の近藤。


「部活ねぇ・・・帰宅部顧問って事で」


答えながら銀八は首を傾げて近藤を見つめた。


「せ・・・先生?俺の顔がどうかしました?」

「うん、どうかしてる。顔面がゴリラ化してる」

「ゴ・・・!せ、先生、今俺の事ゴリ・・・って・・・!」

「そんなことより、おめぇ恋人でもいんのかァ?」


涙目で叫ぶ近藤を無視して、随分と突っ込んだ質問を飛ばしたのは高杉。

誰しもが聞きたくても聞けなかった質問をいとも簡単に飛ばした高杉は、ニヤリと歪められた隻眼を真っ直ぐ銀八へ向けた。


「ぁあ?居ねぇよんなもん。恋人どころかそろそろ嫁が居なきゃいけねぇくらいの歳だってのに・・・」


顔をしかめてブツブツと何か文句を言い続ける銀八。

しかし生徒らはそんな愚痴など一切耳に入ってはいないようで。
むしろもっと厳密に言えば、彼等の耳にはある一言のみが反響していた。


”居ない”・・・だと?

この容姿で?

しかもこの様子では随分と長い間居ないものだと判断できる。


そうか。


居ないのか。




・・・”彼氏”が。




クラス中がこの担任の”彼氏候補”に脳内で立候補した時、タイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴り響いた。


「っと、じゃここまでな。ま、これからよろしく頼むわ」


銀八の言葉を合図に号令が響き、クラスメート達が帰り支度をする中で、銀八はのんびりと廊下へ出る。

職員室へと足を向けたその時、不意に背後から呼び止められるように声がかけられた。





「先生」

「?」


何事かと振り返ると、そこには栗色の髪の毛をした少年が一人、自分を見上げて立っていた。


「何。なんか用?」

「えぇ。先生に一つ、俺からも質問がありやしてねィ」

「それならさっきしなさいよ。仕方ねぇなー・・・一個だけだぞ」


頭をポリポリと掻きながら時間をくれた銀八に、沖田はニヤリと笑って、口を開いた。


「・・・先生、俺と付き合ってみませんかィ?」


少し下がった声音で問いかけられた銀八は、軽く眼を見開いた後、直ぐに愉快気に細められた。


「それは質問じゃなくて提案だろーが」

「そうでしたかい?ならそれで構いやせんぜィ」

「なんだそりゃ。そんなことより・・・あぁ、思い出した。君さっき体育館でも俺の事、そんな眼で見てたでしょ」

「気付いてたんで?・・・全く眼の良いお方だ」

「そりゃもう。舌なめずりしそうな顔で見てたことも知ってるよ」

「こいつは一本取られましたねィ。そんで、”提案”への答えは何処へ消えたんで?」


そう問いかけると、銀八は身体ごと沖田に向けて、その眼を一瞬優しげに細めて口を開いた。


「聞きたい?」

「・・・っ」


不意打ちで見せられたその微笑みは、流石の沖田でも言葉を無くすほど美しいもので。

しかしそれも一瞬のこと。

気付いたときには先程の微笑みは消えており、代わりにニヤリとした笑みが乗っていた。


「10年はえーよ。…沖田くん」


じゃあな、と声をかけて再び向けられる背中。
それはゆっくりと職員室へと向かっていき、やがて姿を消した。


最初は、誰もが眼を引くその容姿に興味を持った。
その特異な行動に興味を持った。

でもそれはただの関心に過ぎない。
今この瞬間、沖田は本能的に悟ったのだ。

あの一瞬見せられた微笑み。
あれこそがあの男の本当の顔であり、自分の心を捉えて離さない程の印象を植え付けた。


つまり、もっと簡潔に言うならば。


沖田はこの日、あの銀色の零した微笑に、本格的に惚れた、という事で。


一年のうち最初にして最もつまらない行事であるこの始業式。
今年に限ってはそれが、全ての戦争の幕開け行事と相成ったのであった。








 

 

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