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第五幕

 

 

 

 

 

 

 


一夜明けた翌日、銀時は微かに聞こえる竹刀の打つ音で眼が覚めた。
ぼーっとする頭で見慣れない天井を見上げていると、昨日の事がまるで夢のように思える。

大きな月と共に突如現れた古い友人。
聞かされた話は全て自分に迫りつつある事実なのだろうが、何故かそれは酷く他人事のように思えた。

ゆっくりと覚醒してきた頭を一度横に振ると、銀時は億劫そうに身体を起こす。
寝巻きからいつもの着流しに着替えたところで、部屋の引き戸を叩く音が響いてきた。


「旦那、万事屋の旦那。起きてますか?っていうか起きてください」

「あー・・・?なんだ、誰だっけ?あ、ジミー?その声はジミー?」

「だからジミーじゃないっつーの!!!起きてるんなら早いとこ出てきてください!副長が呼んで・・・・」


納得のいかない愛称で呼ばれたことで額に青筋を浮かべたジミーこと山崎は、勢いよく引き戸を開け放ち中に乗り込む。
ここぞとばかりに怒鳴り散らしてやろうと意気込んで居たのだが、その先に待っていた物を視界に入れた瞬間硬直した。


「??」


まだ起きたばかりなのだろうか。
ぼんやりとした顔の銀時は、突然硬直した自分を不思議そうに首を傾げて見つめる。

その雪のように白い首筋は、何故かいつもより露出しているように見える。
いや、首筋だけではない。
足元、胸元。
何故か今日は白が目立つ。
というか黒が無い。

そこで山崎は遅れてきた思考回路をフル稼働させてようやく理解した。
今日の銀時は確かにいつもの着流しなのだが。


着流し”だけ”なのだという事を。


その下にいつも着ていたハズの黒い洋服が、今日は何故か着用していないのだ




「だ、だだだだだだ旦那!なんですかその格好!?」

「あ??服だけど、なんか文句あんの?んん??」


しかめっ面で睨んでくるが、そこに威圧感など感じられるはずも無い。

朝日に反射して光る銀髪。
なんだかよく分からないが若干右肩の羽織がはだけて、普段は見られるはずの無い肩と胸板のチラリズム。
その上整った顔が気だるげにこっちを見ているとなれば、この人物に想いを寄せている山崎の理性は完全に崩壊寸前だった。


「だ、旦那・・・・っ今日はいつもより・・・色っぽ・・ではなく!!違う服装で・・一体どうしたんで・・っ・・?」

「別に。なんかよくわかんねぇままここ来たから、着替えもってねぇんだよ」

「なるほど・・・あ、だから新八君達は朝早く出て行ったんですか」

「え?そうなの?」

「えぇ、早朝に二人で、実家と万事屋に行って来ると出て行きましたよ」

「ふーん。でジミーは結局何のようなの?」

「あ!そうだった!副長が呼んでるんで、早いとこ副長室へ行って下さい」

「え~~~~・・・・絶対アレじゃん、マヨ臭いじゃん、部屋中マヨ的な何かが散乱してそうじゃん。うげー」

「マヨ的な何かはどーでもいいんで今すぐ行って下さい。じゃないと俺が切腹させられるんで・・・」


しばらく嫌そうに顔をしかめていたが、観念したのかこの上なく顔を歪めて了承の意を示した。

ただし。


「先飯食いに行ってくるからよろしく~」

「・・・って旦那ぁああああ!?アンタ人の話聞いてなかったのぉおおお!?今すぐって言ってんじゃん!のん気に飯食いに行ってる場合いかぁああ!!」


山崎の悲痛な叫びにも全く動じる事無く、銀時はぼんやりと食堂へ向けて歩いていった。






食堂に入った瞬間。
朝稽古を終えて食堂に集りつつあった隊士達は、思わぬ銀色の妖精の出現に息を呑み、近づく事さえ出来ずに居た。


「あー、A和膳一つ」

「あいよー!」


注文した和膳を手に持ち、銀時は食堂内の開いているテーブルに置いて食事を始める。
隊士達は生唾を飲み込んで息を殺し、あの銀色の一挙手一投足全て見逃してなるものかという勢いで食いつくように見ていた。
と、そこに。


「旦那、どうしたんでィその身なりは」

「沖田君?何、これそんな変?」


誰も近づく事が出来なった聖なる領域に何の躊躇いも無く踏み込んだ勇者、沖田総悟。
正面のテーブルに座った沖田は、その表情は読めずとも、瞳の奥に只ならぬ野獣のそれを宿して銀時を見ていた。


「いや?むしろ俺は好きですがねィ。あんまりその格好で出歩かない方がいいですぜィ」

「なんで?」

「なんせここはむさ苦しい男共の巣窟だ。そんなとこにそんな妖艶な格好で飛びこみゃ、食ってくれっていってるようなもんでさァ」

「真っ先に食いつきそうな眼してるヤツが今目の前に居るんですけどー。誰かコイツしょっ引いてくださーい」

「そいつは酷ぇや。俺は忠告してるってのに。特に土方には気をつけなせェ。身体中マヨだらけにされても知りやせんぜィ」

「うげぇえええ・・・・ていうか此処はそれで大丈夫なの?え?幹部みんなそんなんとか、もう二度と警察は宛てにしたくないんですけど」


これでもかという程顔をしかめて、和膳の味噌汁を口にした。

沖田はニンマリとしながらもその瞳は銀時の露出した白い肌から眼を離さない。
更にその背中からは隊士達に向けて只ならぬ殺気が醸し出されていて、他の隊士達は逃げるように食堂から飛び出していった。

というわけで、今この食堂には銀時と沖田、そして食堂のおばちゃん達のみだ。






「もしかして、もう土方の所へは行っちまったんで?」

「いや、さっきジミーが呼びに来たから、飯食ってから行こうと思ってな」

「へぇ。山崎が。旦那を?」

「あぁ。マヨラーが呼んでるとか何とか。寝起きの頭にデケー声が響いて最悪だったよ本当」

「寝起き・・・ねぇ・・・」

「え、何。今から人でも殺しにいくんですか?それともサディスティック星に連行する気ですか?」


真っ黒なオーラを隠すことなく漂わせている沖田に、銀時は顔を引くつかせてドン引きしていた。


「いや。とにかく旦那、この後土方んとこ行くなら、上に何か一つ羽織って行きなせェ。じゃ、俺はちと用事が出来たんで失礼しまさァ」

「用事ねぇ。よくわかんねぇけどご愁傷様。っていうか俺これ以外羽織無いんですけど?」

「ならコレを使って下せェ。旦那には少し小さいかもしれねぇが、無いよりマシだ」


そういって沖田は自分の隊服の上着を脱いで銀時に渡す。
銀時が不思議そうにそれを受け取ると、沖田はそれじゃ、と声をかけて食堂を後にした。


「ジミー・・・すまねぇ・・・」


受けとった隊服を肩にかけながら、銀時は今からたどる山崎の身を想像して珍しく謝罪の言葉を呟いた。



 

 

 

 

 

 

 

 



ここは町外れの小さな団子屋。
白い羽織に青い着流しを着た長髪の男は、店主から受け取った団子を一つ口にした。
と、そこに一つ人影が近づく。
すぐに警戒して視線を送るが、そこに立っていた人物を視界に入れた事で幾分か警戒を解いた。


「遅かったではないか」

「これでも急いだつもりなんだがなァ?」


被り笠の下から覗く独眼は、愉快気に男、桂小太郎を見下ろした。


「昨晩、高杉・・・貴様は本当に・・・?」


いぶかしげに眉をひそめる桂を見て、高杉は喉の奥を鳴らしてから桂の座る長椅子へ腰掛ける。
取り出した煙管に火をつけて、ゆっくりと煙を吸い込み吐き出したところで、ようやく桂の問いかけに答えた。


「あぁ。行ったぜ」

「・・・そうか。まさか本気で敵の心中にまで潜り込むとは。さすがの俺でも躊躇われる所だが」

「おめぇは逃げる専門じゃねぇか。俺ァはそれ以前に見つかるようなヘマはしねぇ」

「人聞きの悪いことを言うな。ただ逃げるのではないぞ。”華麗に逃げる”のがこの桂小太郎の真髄だ」

「狗に追い回されてる時点で華麗もクソもねぇがな」


話を戻せ。
と言わんばかりに、高杉がまるでため息をつくように深く吸い込んだ煙を吐き出す。
桂はまだ何か言いたげであったが、この隣の男は自分の知る中でも群を抜いての気分屋だ。
機嫌を損ねる前に引いた方が身の為だろう。


「・・・まぁいい。それで、銀時は?」

「変わらねぇ腑抜けた面ァしていやがったさ」

「・・・連れ出すことは叶わなんだか」

「昔っから変なとこ意固地な野郎だぜ。ヅラ、そっちはどうだ」

「ヅラじゃない、桂だ。・・・実は今朝方から、妙な動きが目立っている。よもやこんなに早くとは思ったが・・・」



二本目の団子を口に運びながら桂が答えると、高杉は愉快気な瞳を一転させ桂を見る。
その瞳は剣呑な色を含み、桂でなければ震え上がっていた所だろう。


「・・・もう動きやがるってのか」

「分からん。だが、根城を掴むチャンスであることは確かだ」

「・・・こっちの手勢が間に合わねぇ可能性があるな」

「最悪、お前一人で動くことになるが・・・頼めるか」

「誰に物言っていやがる。俺が動くのは、俺とあの野郎の為だけだ」

「・・・そうだな。それが聞ければ問題あるまい」


高杉は瞳を正面に戻し、ゆっくりと何か考え込むように煙を吸い込む。
桂は二本目の団子を飲み込むと、静かに空を見上げた。


「高杉、俺達はなんとしても銀時を護らねばならん。幼かったあの日、あの場所で誓った想いを、俺は一日足りとも忘れたことなどありはしない」

「俺ァそんなもん関係ねェ。ただ、銀時に他の野郎が気安く触るのがむなくそ悪ぃだけだ。ヅラ、オメェも含めてな」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる。それから俺はヅラではない、桂だ」


言葉こそ悪いものの、二人の表情はお互いをからかうかのように楽しげだ。
高杉はもう一度ゆっくりと煙を吸い込むと、長椅子から腰を上げた。


「・・・行くのか?」

「あぁ。あんな狗共にゃ任せちゃおけねぇ。オメーもぬかるなよ」

「言われるまでもない。銀時は任せたぞ」


既に歩き出していた高杉の背中に声をかけると、振り向くことなく煙管を軽く揺らして答えられた。

高杉は目的の場所に歩を進めながら、被り笠の下の瞳を一瞬、遠い日を見るかのように揺らして呟いた。


「あの誓い・・・・忘れる訳があるめぇよ」


その優しい、されど大きな決意が込められた呟きを聞いたものは、誰も居なかった。







 

 

 


 

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