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その絆を焼き付けて

 

 

 

 

 

 

「千歳きゅ~ん!今日は練習試合せぇへんのん?」


フェンスに寄りかかり皆の練習を眺めていたところ、隣から声をかけられた。
視線を向けると、そこには声をかけて来た小春と、その肩に腕を回す一氏の姿。


「ひっさしぶりに顔出した思えば、早速サボりかい。余裕か」


フンっと鼻を鳴らしながら言う一氏であったが、その顔はどこか嬉しそうに見えてならない。


「もうっユウちゃんたら素直じゃないんだから!」

「何言うとんのや、俺は小春一筋言うてるやろ!!」

「ハイハイ黙れや一氏」


最近になって、そんな漫才なのか本気なのか分からないやりとりの区切りを見極められるようになったらしい千歳は、ようやく口を開く。


「ん~、見とるんも楽しか」

「せやけど、やっぱりテニスはプレイしてなんぼやないの!相手居てないんなら、アタシが相手してア・ゲ・ル!」

「な!浮気か!死なすど!」

「なんや、ユウ君千歳きゅんとやりたいのん?しょーのない子!」

「せやから小春~・・・」

「気持ちは嬉しかばってん、今日はよかよ」


やりとりも程ほどに千歳がやんわりとお断りすれば、再びユウジの牙は千歳へ向けられた。


「小春の誘い断るんか!!いてこますど!!」

「まぁまぁ。それはええけど・・・千歳くん、何かあったのかしらん?」

「ん?何もなかよ?」

「そう?何やいつもと様子違うような気してんけど・・・」


ん~と唸る小春を見て、千歳はふわりと笑う。


「暫く休んどったけん、ぼーっとしとるだけったい」

「ぼーっとしとるのはいつもん事やろ」


ユウジにジロリと睨まれたものの千歳は特に気にした様子も無く、それもそうたいね、と笑った。
小春はまだ何か腑に落ちない様子だったが、これ以上の問答は意味が無いと判断したうようで。


「ま、気向いたらいつでも言うてなぁ。ほな行きまひょかユウ君」

「おん」


軽く手を振ってコートに入っていく二人を見送る。

コートに入った瞬間に漫才を始める小春ユウジコンビ。
駄々をこねる金太郎を宥める白石。
自然と喧嘩をし始める財前と謙也。
隅のほうで存在感を消している小石川。


いつもの風景。

変わらぬ笑顔。


まるでその目に焼き付けるかのように、千歳は静かに見つめる。
その顔は優しく、どこか寂しげで。
ジャージのポケットに押し込まれた掌は、無意識に握りこまれていた。

と、その時。


「・・・千歳はん」

「っ!?・・・銀さん?」


完全に不意打ちだった。
自分が考え込み過ぎていたのか、それとも銀が気配を殺していたのか。
どちらにしろ不必要に驚いてしまった事を千歳は後悔した。


「・・・」


銀は僅かに眉間にシワを寄せて自分を見てくる。
自分よりも身長は低いはずなのに、何故か大きく見えてしまう銀。
最初に名を呼んだだけで黙ってしまった彼に、千歳は戸惑いながらも問いかけた。


「ど、どぎゃんしたと・・・?」

「・・・千歳はん」


再び呼ばれた名。
話を促すように首を傾げると、銀は言いづらそうに声を抑えて言葉を発した。


「目・・・何かあったんか」

「!?」


思わず目を見張る。
が、それこそまさに図星だと叫んでいるようなもので、千歳は先ほど以上にやってしまったと溜息を吐いた。


「・・・どげんしてそう思うとや」


下手にとりつくろってももう遅い。
千歳は頭を掻きながら逆に銀に問い返す。
特に気分を害した風でもない銀は、更に声を落として答えた。


「昨日、皆で千歳はん探しとったとき見てしもたんや・・・病院から出てきはった所をな」

「あれは、無我んこつ・・・」

「・・・わざわざ普段せぇへん眼帯つけてか?」

「・・・」


所詮、何を言ってもただの悪あがき。
しかしどう対応していいのかも分からず、千歳は曖昧に笑った。


「そんで、銀さんは皆に黙ってくれとったと?・・・優しかね」

「・・・」


見られたのが銀であって良かった。
別にそこまで意地になって隠さなくてもいいのかもしれない。
むしろ隠す事で、追々皆を怒らせてしまうかもしれない。

・・・それでも。

これはただの自分の我儘。
出来る事なら、最後まで貫き通したい。
だからこそ。


「まぁ・・・ちょっと調子悪かっただけたい、心配なかよ」

「・・・」


微笑んで返すも、ジッと見つめられ離されない視線。
どうしたもんかと思っていると、直ぐに溜息と共にその瞳は閉じられた。
変わりに向けられたのは合掌。

「無理はしたらあかん。・・・心身共に、な」


そう残して去っていく広い背中。
自然と肩に力が入っていたのか、千歳は無意識に深く息を吐いて力を抜いた。
その顔には嬉しそうな、泣きそうな、困ったような、複雑な色を含んだ笑みを乗せていて。


「・・・肝に銘じとくばい」


誰にも聞こえない程の小さな呟きは、優しく吹いた風にまかれ空へと消えていった。






 

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