永久の唄 - 財前side -
友達なのかと聞かれれば
そんな生易しい関係ではないと強く否定する。
恋人なのかと聞かれれば
そんな生温い愛情など持っていないと困惑する。
俺達を表現する言葉は多分存在しない。
友達でも恋人でもない。
そんな曖昧な関係。
でもそんな他人からの評価など気にする気は毛頭無い。
ただ隣でこうして寄り添っているだけで、貴方が安心感を抱いてくれるなら、俺はそれだけで構わないと強く思う。
昼下がりのある晴れた日の事。
夏の猛暑も過ぎ、冬の訪れを感じ始める季節。
朝晩は冷え込むものの、この時間の屋上は柔らかい日差しで包まれ、寄り添って触れあっている部分は心地良い温もりを感じることが出来る。
肩口にある相手の頭はふわふわと風になびく髪の毛に包まれて、多少目線を送っただけではその表情を伺い知る事は出来ない。
しかしかといってのぞき込む気も毛頭無い財前は、再びその目を淡い水色の空へと戻して軽く息を吐いた。
と、タイミングを計ったかのようにして真横から舌足らずな、この地では聞き慣れない異郷の言葉が流れ込んだ。
「よか天気ばいねぇ」
何を今更な。
とは思っても口にしない。
言ったところでこの人は、「それもそうやねぇ」などと変わらない口調で呟くだけだ。
だから何も言わない。
そもそもこの人は俺からの返答なんてはなから期待していない。
お互いがお互いに、そんな思考の巡り方まで察知できるほど、同じ時間を過ごしてきた。
そしてふと思う。
初めてあの図書館でこの温もりを腕に抱いてからもう随分と月日が流れた。
当初まだ自分しか知らなかったこの人の秘密は、最早周知の事実。
それが過去に負った怪我故であることも。
その当事者と相対して、財前から見れば勝手過ぎるやり方で”けじめ”とやらを付けたことももう過去の話だ。
だが一つだけ、まだ俺しか知らない事実がある。
きっと部長…正確には元部長すらも知らない。
でもそれに優越感を抱いたりはしない。
それどころか知っていることがつらくては苦しくて、やりきれなくなることだって多々あるのだから。
でも知らなければ良かったとも思わない。
そしたらきっと、今以上に悔しくてたまらなかったと思うから。
「・・・嬉しか。ありがとうね、財前」
「・・・意味分からんっスわ」
それは今の思考を読んでの言葉なのか。
それとも全く別の事への感謝なのか。
どちらとも判断が出来ずに、俺はただそれだけを返す。
返事は無い。
でもきっと、満足そうに優しく微笑んでいるのだろう。
今その目に、ちゃんとこの空は映っているの?
この澄み渡る青空に二匹、名も知らぬ小鳥が羽ばたいていく様は?
今見えているなら、明日は?
日に日に蝕まれていくその光を、どうしたら取り戻してあげられるの?
そんな疑問が口から放たれることはない。
こんな事を思っていることも、貴方は察知してしまうのだろうか。
してほしいような。
して欲しくないような。
曖昧な、気持ち。
「先輩」
「ん?」
「来年は・・・」
「うん」
「来年は、全国優勝。・・・もぎ取ってやりますわ」
「・・・うん。楽しみにしとうよ」
そう言って、今度は此方を僅かに見上げて微笑んでくる。
もう昔のような、取り繕う笑顔はあまり見せなくなった。
変わりにそこにあるのは、心からの優しい笑み。
でも、まだたまに、悲しそうな、寂しそうな色が混ぜられることもあるけれど。
「財前」
「なんスか」
「傍に居てくれて・・・ほんなこつありがとうね」
今日はやけに感謝の言葉を述べてくる。
昼食中、ふと携帯が鳴ったので見てみると、そこには意外な人物からのメールを受信していた。
驚いて中身を開くが、そこには何も書かれていなくて。
すぐさま返事を送ろうとしたが、それよりも直接会った方が早いと思った。
こんなとき、あの人はきっと学校の敷地内にいる。
一人で居る事を怖がるのに、静寂を望む人だから。
迷わず屋上へと踏み込めばやはりその長身は居て。
泣きそうな顔で此方を見るものだから、悪態も吐けずに隣に座った。
何があったのかなんて聞くつもりは無い。
痛みを癒してあげようだなんて、そんな反吐がでるような事は思わないから。
ただ。
今こうして、静かに寄り添ってくるなら。
俺は何もいわずに此処にいようと思う。
こんな俺達を言葉で言い表すなら、なんと呼ぶのだろうか。
友達?
恋人?
相棒?
やっぱり分からない。
分からないけれど、導き出される答えはいつも変わらない。
なんだっていい。
俺達がお互いに、それで良いと思うなら。
端から見た総称なんてやっぱりどうでもいい。
この人が隣で笑っていて
俺は俺でそれに満足しているならそれだけで。
未来なんて分からない。
今、この瞬間ですらも、自分達自身の立場を深く理解出来てなど居ないのに。
それでもやっぱり、無意識にでも未来を語ってしまうのは、きっと。
分からないながらもこうして、もっとずっと長く、あり続けたいと願うからなんだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら、俺は軽く、本当に気持ち程度自分自身の身体を傍らに寄り添わせて、ゆっくりと目を閉じた。