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友達以上恋人未満

 

 

 

 

 

 

 

友達以上恋人未満という言葉がある。

自分たちの関係性を言い表すにはもってこいだとは思うが、かといって改めてその言葉を噛みしめると言いえて妙だ。


友達以上ってなんだ?


過度なスキンシップ?

長時間を共にすること?



恋人ってなんだ?


手をつなぐこと?

キスをすること?


手は繋いだ。

スキンシップはかなり過度だと思うがキスはしていない。


なら精神的なものなのか。

相手を好きか。

分からない。

でも一緒に居たいと思う。

心が安らぐ。

落ち着いて、唯一安心できる場所だと思う。

でも好きなのかと言われれば

それは分らない。

俺は「母親」というものを知らないから、そんな愛情を求めているのかもしれないし、恋人としての恋愛もちゃんとしたことがないから分からない。


だから、友達以上恋人未満が俺たちを表すのに一番の言葉なんだと思う。





「何をしけた面して悩んでんだァ?キャラ考えて行動しろ」

「キャラとか言わないでくれるぅう?銀さんだって悩む時くらいあるからね。銀さんだって人間だからね!」

「テメェはそうやってバカヅラ下げて吠えてりゃいいんだよ」

「その慰め不器用通り越して失礼だよ高杉君わかってる?ん?」


ある晴れた日の河川敷。

人目につかない場所なのは彼の公共事情によるものであるが、かぶき町の賑わしい空気を吸う気分でもなかった銀時には丁度良かった。

小川の流水音に耳を傾けながら、もはや十数年にも渡り続けられる彼とのしょうもないやりとりをひとしきり終えて銀時は小さくため息を吐く。

普段鬱陶しいほどまくしたてられる銀時の口は、今日に限っては妙に静かで。

高杉は鼻を鳴らして銀時を一瞥すると、懐から煙管を取りだして火をつけた。


「で、その小さくて要領が悪い脳みそ悩ませてんのはなんだ」

「ほんといちいち腹立つんですけどお前」


ジト目をくれるもそれ以上向こうから言葉を発してこない様子を見て、銀時は先ほどより幾分大きなため息を吐いてから続けた。


「べっつに。ただ俺とお前って一体なんなんだって思ってただけ」

「ア?」


吸いこんでいた煙を漏らしながら、高杉は少しばかり目を見開いて銀時に目を向けた。

銀時は銀時で、口にした事で急に恥ずかしくなってきたのか口を尖らせる。


「だ・・・からよ!お前って友達なの?恋人なの?どっちなの!!」

「・・・」


あぁ、きっと今自分はとても珍しいものを見ているのだと思う。

手に持っていた煙管は長い指に支えられつつも不安定で、中途半端に開けられたままの口からは呼吸と共に吸い込んでいた煙が漏れ出ている。

驚いたというように見開かれた右眼はただただ逸らされることなく自分を見つめていた。


簡単に言えば、「唖然」としている。


しばし観察していると、突然高杉は喉奥を震わせるように笑いだし、肩を揺らし始めた。

いよいよ壊れたのかと思っていると、慣れた手つきで煙管の火を消し懐に仕舞う。

と同時に、先程まで煙管を持っていた手が自分の頬に触れてきた。


「テメェ・・・誘ってやがるのかァ?」

「いやいやいや、全然意味が分からないんですけど。どこをどう取ればそうなるんだっつーの!」

「どこも何もそのままじゃねぇか。オメェ・・・俺と恋人になりてぇってか?」

「は?」


覗きこんでくる瞳はまるで獰猛な狼のようにギラギラとしていて。

今にも舌なめずりしそうな口元は口角を上げている。

銀時はひきつった顔を隠しもせずに後ずさった。


「ちょ、ちょちょちょちょ高杉くんんん!?落ち着こう、とりあえず一回落ち着こう!!」

「これが落ち着いてられるか」


後ずさった分よりも更にその身を寄せてくる高杉に、銀時は脳内をひたすら混乱させた。


「テメェ気づいてねぇのか?」

「へ?」

「その質問はな、「友達のままじゃ不満だ」って宣言してるようなもんだぜ」

「へ!!??」

「曖昧な立場に苛立って、現状に満足してねぇ証拠だろうが」


言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。

自分と高杉の関係。

幼馴染。

友達。

恋人?

友達、という立ち位置に不満を持っているわけではないが。

まるで恋人のように寄り添っているのに恋人と言えない自分に苛立ったことも何度かある。

しかし自分自身の感情が分らない。

「好き」が、分らない。



「で、も・・・だって、俺、お前を好きかとかわからねぇし!!」

「あ?」

「好きかどうかもわからねぇのに恋人なんておかしいだろうが」

「嫌いだってのか」

「嫌いだったら一緒にいねぇっつーの!」

「訳のわからねぇ野郎だな相変わらずテメェは」


大きくため息を吐いた高杉は、頬に添えていた手に力を僅かに込めて、更に反対側の頬も覆う。

まるでもうすぐキスさえできそうな距離で顔を覗き込んできた高杉に、銀時は思わず顔を赤くして呼吸を止めた。


「俺ァお前に腹が立つ程心底惚れ込んでるがな」

「ぇええええ!?」

「今更驚くことか」

「い、いや今更もなにも」


すっかり混乱極めている銀時の脳内は既に煙をあげそうな勢いで。

高杉は小さく微笑んで続けた。


「無意識だったんだろうがな、おめぇはそういう事伝えようとするとひたすら逃げやがる」

「え・・・」

「失うのが怖いんだろ」

「・・・っ!」


突然もたらされた確信。

銀時は煙をあげそうだった脳を一瞬にして思考停止させた。

茫然と目の前の高杉を見つめる。


「得てから失うのが。得る前に失うのが。今までそこにあった安心と居場所が、自分の手のひらから零れ落ちていくのが怖ぇんだろ」

「やめろ・・・」

「先生を失った、あの時みてぇに」

「やめろって!!!」

「逃げてんじゃねぇよ」


どれだけ声を荒げても、高杉は依然として静かな声音のままで。

添えられた頬を包む手は外されることなく、この場からの離脱を許してくれない。



好きという感情が分らない。

分らないから踏み出せない。


だがそれは、踏み出すことが出来ない臆病な自分を守るための、ただの口実だ。


確かに愛情の違いが判らないのは事実だ。

でも自分は、過去に一度確かに親の愛情をもらった。

その人に自分が抱いていた感情と、今高杉に向けている感情が別物だというのも、心のどこかでは分かっていた。

だがそれを失ったあの痛みは、きっと高杉を失う痛みと同等だとも思うから。


「俺は逃げてなんぞいかねェ」

「・・・っ」

「頼まれたって独りになんざさせてやらねぇ。恋人だろうが友達だろうが俺ァそんな肩書に興味は微塵もあるめぇよ」

「高杉・・・」


頬に触れていた手がゆっくりと離れ、そのまま抱きすくめられる。

身体全体に広がる暖かい温もりに、銀時の涙腺は狂い始めた。


「おめぇが恋人がいいってんなら喜んでなってやる。友達がいいってんなら傍に居続けてやらァ」

「・・・っ」

「ただどんな形になろうが俺はおめぇの傍から離れてやらねぇ事だけは覚えとけ。ついでに・・・」

「ん・・・?」

「もし、恋人って肩書を望むんなら・・・覚悟しろよ?」

「ちょっ!!??」


驚いて身を離すも、そこにあったのは予想外に優しい微笑みを浮かべる高杉の姿で。

知らぬ間に馬鹿になった涙腺からあふれていたらしい涙をぬぐわれると、頭を撫でるように手を置かれた。


「わかったらその足りねぇ頭悩ませてねぇで、てめぇの思うがままに生きてみろ。それが・・・


   坂田銀時だろうが」




友達以上、恋人未満。

それは逃避でも停滞でもなく。

彼が不器用な自分に与えてくれていた、優しさの形。

友達だろうが恋人だろうが、決して離れてなどいかない決意の形。



その変わらない優しさに護られて、銀時は小さく、彼の着物の裾を掴んだ。








 

 

 

 

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