top of page

嫉妬と愛情は紙一重

 

 

 

 

 

 

 


「やっぱり花見っつーのはいいもんだなぁ万事屋!!!」


ガハハという豪快な笑い声付きで酒瓶を振るのは、既に全裸と化している真撰組局長近藤勲。

頭上には満開の桜が誇らしげに肩を並べ咲き誇っている。
そこから舞い落ちた花びらはヒラヒラと宙を舞い、酒が波打つ猪口の上へと不時着した。
それを手に持ちゆっくりと優しく眼を細めるのは、銀色の髪を持つ男、坂田銀時。


「・・・風流だねぇ」


桜が浮かんだ猪口を一度軽く振ってから、唇をつけて飲み干す。
その一連の動作を食い入るように見ている二人の男が居た。

「本当、綺麗なもんでさァ。全く眼が離せねぇや」

「・・・ま、たまにはこういうのも悪くねぇ」


珍しく二人とも同意の返事をしてきたのに驚いたのか、銀時は不思議そうな瞳を二人へと向けた。


「なんだよ、おめーらが意見あうたぁ珍しいな」

「全くでィ。ま、土方さんのは下心八割ってとこでしょうがね」

「下心しかねぇ奴に言われたかねぇんだよ・・・!!」

「・・・結局下心だらけなんじゃねぇかおめーら・・・」


顔をげんなりさせてドン引きした銀時は、二人から若干距離をとって酒を楽しむことにした。

今日は晴天。

絶好の花見日和のこの日を見逃すはずが無い真撰組一行は、我先にと競うように銀時へと連絡を入れた。
当然タダ酒が楽しめるその場所への誘いに銀時が断るはずも無く。
早速子供二人をつれてこの花見会場へと合流したところだった。


「銀ちゃん、コイツらにあんまり近寄るんじゃないネ!何されるか分かったもんじゃないアル!」

「神楽ちゃん、あんまり失礼なこと言っちゃ駄目だよ?折角お料理分けてもらってるんだから」


といいながらもすかさず銀時と沖田の間に座った新八。
その眼はギラリと二人を睨みつけている。


「へぇ・・・ただのメガネかと思ってりゃ、なかなかやるじゃねぇかィ」

「ただのメガネって何!!」


いよいよ騒々しくなってきたな、と銀時が軽く溜息を吐いたところで、それは突然やってきた。


「・・・っ!?」






銀時の背中に突然襲い掛かった重み。
驚いて背後を勢いよく振り返ると、銀時はその瞳をこれ以上ないまでに見開いた。


「お前等・・・!!」


銀時の首に腕を回して抱きついていたのは、もじゃもじゃ頭にグラサンをはめた男、坂本辰馬。
少し後ろで煙管を吹かしている隻眼の男、高杉晋助に、その隣で長髪を風になびかせているのは桂小太郎だ。


「金時ィ!!元気だったがか!?最近姿が見えんで寂しかったぜよ~~!!」

「だぁから!俺は銀時!!ぎ ん と き!!分かったか!!」

「分かったぜよ、金時~」

「だぁあもう!!てめぇらも見てねぇでコイツなんとかしろ!!」

「俺に上目遣いで懇願してきたら考えてやってもいいぜェ?」

「そっちの方がお断りだってんだ!!!」


銀時が猛接近してきた辰馬の顔を思い切り押しのけた時、ようやく声をかけてきたのは沖田だった。


「・・・なんでてめぇらが此処にいるんでィ」

「此処に居ちゃわりーのか?俺達が幕臣をぶっ飛ばしちまった以上、おめーらの方が隠れ住んでもおかしくねぇ状態なんだぜぇ?」


睨みつけるようにして放たれた言葉に、更なる狂犬の目で返したのは高杉。

確かに、攘夷派によって以前天人が掌握していた政権体制が崩れてしまった以上、その配下であった真撰組が江戸を追われてもおかしくない話ではあった。

その真撰組が、今も変わらずに警察として此処にあり続けられる理由はただ一つ。


「お前達の件、仲間に説得してまわった銀時に感謝することだな」

「そりゃもう、全く頭があがりませんぜィ。ただしそいつは旦那に対してだけの話。テメー等相手にゃ関係ねぇ」

「ま、俺は万事屋にもおめーらにも一切頭下げるつもりはねーがな」


舌打しながら更に乱入してきた土方によって、いよいよ本格的にゴングが鳴り響きそうになったその時。
それを止めたのは、なんとか辰馬を引き剥がすことに成功した銀時だった。


「オイオイオイ、折角の花見の場だってのに、無粋過ぎやしねぇか?もういざこざは無くなったんだろうが。なら大人しく仲良くしろってんだ」


猪口を振って溜息を吐いている銀時を視界に入れた高杉は、口元をニヤリと歪めてその隣に腰を下ろした。


「何勝手に酒楽しんでやがるんだおめぇは。昔から飲むときは俺に言えと言ってんだろうが」

「なんでいちいちテメェの許可が要るんだよ」


隣に座って頬に手を添えてくる高杉を鬱陶しそうに押し返していると、その反対隣には桂がやってきた。


「高杉はお前の心配をしているのだ。飲むと誰にでもひっついていくからな」

「は!?んなことしねぇから!!誤解を生むような発言は辞めてくんない!?」

「戦時中の酒盛ん時、飲んで俺に抱きついて離れなかったのはどこのどいつだァ?」


高杉の言葉に顔を真っ赤にしている辺り、恐らく図星なのだろう。
その光景を押し黙って見ている真撰組の二人に加え、万事屋の二人さえもその額に青筋を浮かべていく。


「あ・・あれは!!・・・お前には・・・む、昔からだろうが!!」

「あぁ。銀時は俺や高杉にいつも抱きついていたからな」

「酷いぜよ金時・・・ワシにもいつでも抱きついていいきに!!」

「誰が抱きつくかぁあ!!」







牙を剥いているかのように辰馬に食って掛かる銀時の頭を高杉が撫でると、直ぐに大人しくなって高杉を見る。


「お前に触れる奴ァ俺が許さねぇ。・・・先生と誓ったからな」

「・・・晋助・・・」

「銀時、お前の事ならば、俺達が誰よりも知っている。そうだろう・・・?」

「・・・そうだな・・・」

「おまんには俺達がついとるきに。あの時も、これからも。宇宙のどこにおっても、おまんの為なら直ぐに飛んでくるぜよ」

「・・・おう。・・・ありがとよ」


暖かな言葉と瞳に包まれて。
その懐かしくも確かに知っている温もりに、銀時はまるで昔に戻ったかのように無邪気に微笑んだ。

それは、幼少時を共に過ごした彼等だからこそ引き出せる屈託のない笑顔。

今の護るべき者が出来た男しか知らない彼等には、引き出すことの出来ない素顔。

立ち入ることの出来ない空間。

うかがい知る事の叶わない絆。



そこに、嫉妬を覚えない筈が無い。



自分の知らないあの人の過去を知られている事が、ただ悔しくて。
拳を握り締め、噛み締めた唇には血が滲んだ。


そんな彼等の見ている前で。


酔いが回ってきたのか、銀時が笑顔を浮かべて三人に抱き付こうとした、その瞬間。
銀時の身体が思いっきり三人と反対方向に引っ張られた。


「!?」

「・・・何、旦那に気安く触ってんでィ」

「銀ちゃんを護るのは、この私アル・・・!」

「此処は俺達の席だ。・・・部外者は出ていきな」

「生憎、酔っ払った銀さんを介抱するのは僕の役目ですから」


まるで銀時の身体を高杉らから覆い隠すかのように立ちはだかった四人は、その目を射るように細める。

嫉妬に燃える瞳を向けられて、高杉らはただその顔に見下したような笑みを浮かべて返した。


「後から出てきた分際で、随分と態度がでけぇ野郎共じゃねぇかァ?」

「そっちこそ、昔の野郎がいきなり出てくるのは無粋ってなもんですぜィ」

「悪いがこればっかりは譲れんのでな。そこを退いてくれんか」

「ヅラの分際で、銀ちゃんに気安く触るんじゃないネ!昔より今!今より未来アル!銀ちゃんはもうお前等のじゃないネ!」

「・・・?おまんらも金時に抱きつきたいがか?きっつい顔して以外と嫉妬深い奴等じゃの~」

「何が嫉妬深いだ!!俺はただ目の前でベタベタされたらめんどくせぇだけなんだよ!!」



「・・・」




気がつけば、先程よりも倍の人数でゴングが鳴り響いていた。
もはや止めることも面倒に思った銀時はその場に背を向けて、目線の先に居た人物へと声をかけた。


「よ、なんか向こうめんどくせぇ事になったから、一緒に飲まねぇ?」

「え!!だ、旦那が・・・お、俺と!!??」


話しかけられた山崎は、一人ミントンのラケットを振って汗を流していたところだった。
予想外の人物がほろ酔いの様子で自分に話しかけてきている。

これは今まで地道に努力を続けてきた自分へのプレゼントなのであろうか。


「・・・何、取り込み中?じゃ俺他の奴と・・・」

「い、イヤイヤイヤ!!全くそんなことありませんよ!飲みましょう!是非飲みましょう!!!」

「あ、マジで?じゃ飲むか」


そうニコリと笑って猪口を差し出してきた銀時は眩しくて。
その背後に迫る七人の影に山崎が気付いたのは、最初の鉄拳が飛んできた直後であった。










僕達が知らないあの人の過去を、彼等は知ってる。


俺達が知らないアイツの今を、奴等は知ってる。


それに嫉妬しない筈が無い。


誰よりも彼の事を知っていたい。


自分が一番でありたい。


それはただ、彼を思うからこそ。


愛情は嫉妬を生み


嫉妬はまた愛情を生む。


愛情と嫉妬がまさに激突したこの日。


争いの渦中である筈の男は、ただ一人優雅に酒を嗜んで呟いた。





「今も昔も、俺は俺だろうが。・・・めんどくせぇ奴等」






その口元には微笑み。


その手には八人分の猪口と酒瓶。


一人の銀色の微笑みに、八人がその口論を辞めて頬を緩ませるのは、あと数十秒先のこと。









 

 

 

 

 

bottom of page