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灰色は絶望の色

 

 

 

 

 

 

 

小鳥が鳴いている
瞼を光が照らしている。



朝が、来た。



目はとうの昔に冴えている。
しかしまだその長身は布団に投げ出されたままで。
瞳は瞼に覆われて姿を隠していた。


目覚める事がこんなにも勇気がいる事だとは思わなかった。
ここ最近、起きる事が怖くて仕方が無い。



瞼を開けるたび、日ごとに増す現実を真っ先に突きつけられるのだ。



あの日、違和感に気付いた時。

右目から見えていた薄ぼんやりとした世界の色が消えて、全てが黒と白と灰色に変わった。


それから半月。


僅かに残った色と言える白すらも黒に侵食されて、同時に光が消えていった。






突発的に失うのは、きっともっとつらい。
なんの準備も無しに視力を失う事のつらさは、自分には到底推し量れない痛みだ。


しかし現実として、過程は違えども今、自分自身もそれを失おうとしている。
日ごとに光を食い尽くされていくような感覚もまた、むせ返る様な恐怖を感じてならない。



そして、今日。



分かっている。
この瞼に反射する光が、もう左からしか感じない事を。
瞳を覗かせたところでおそらくはもう、この右目は何も捉えはしない。



四肢が震える。
受け入れていたはずなのに。
違和感を感じた直後、医者からこうなる事を宣告された時点で。



いや、もっと言えば。
あの傷を負った時既に覚悟はしていた。


しかし、現実はやはりそうそう甘いものではない。


それでも、このままこうしている訳にもいかない。
今度こそ本当に、”覚悟”を決めて。


千歳は一度深く深く息を吐いてから、ゆっくりと瞼を抉じ開けた。

突きつけられた現実は。




「・・・っ」





右目が見せる、どこまでも暗く、黒い世界。


懸念は確信へと姿を変えて。


嫌でも理解した。





この右目は、もう使えない。



何も映さない。





夜の闇の中で瞳を閉じているのと同じ。
今、ちゃんと目を開けているのかどうかすら分からなくなる程に。




だが、しかし。




問題はそれだけでは無かった。
もっと過酷で重大な現実が待ち受けていた。
宣告されていたとは言え、やはり。
どこかで”きっと大丈夫だ”と逃げていた。



自分を待ち受けるのは、どこまでも底知れない奈落。







「・・・時間、無かね・・・」







もう、逃げ道などありはしない。
残酷なほど明確に示されたリミットに、千歳は薄く笑った。




唯一残った、頼みの綱。





人体において光を認知する最後の砦。





託された左目が映した世界は、昨日までより幾分か薄い灰色を帯びた、哀しい光の色だった。






 

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