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月夜の紫煙

 

 

 

 

 

大きな月。
誰も居ない河川敷。
ただただ川の流れる音だけが響くこの場所が、唯一本当に一人になれる場所。

こんな気分のときは決まってここに来る。
こんな顔で家に居れば、空色の瞳の少女を心配させる。
こんな気分で酒を飲めば、悪酔いして帰宅すら危うくなる。

だからこうしてここで一人。
静かに川を眺めていれば、自然と嫌な気持ちを全て流してくれる気がした。

だけど今日は少し例外であったようで。


静かな川の音を切り裂く、聞き覚えのある声が響いた。


「よォ。こんな所で月見たぁどういう風の吹き回しだ?」

「!?」


静かに川の流れに向けられていた紅い瞳が、驚いたように見開かれて後ろを振り返る。
そこに立っていたのは、土手の上で悠然と紫煙を漂わせて立つ隻眼の男だった。


「・・・高杉」


それが誰なのか判別できた銀時は、この上なく嫌そうな顔をして一瞥してから、再びその眼を川へと戻した。


「月見というより川見か。こんな夜分にこんな場所で一人たァ、襲われても文句は言えねぇぜ」


土手から降りてきて銀時の横に立つと、高杉は愉快気に細められた瞳を銀時に向けた。
近づいた紫煙に眉根を寄せると、銀時は鼻を鳴らして答える。


「んなぶっ飛んだ発想する野郎はてめぇくらいだろうが」

「そーでもねぇがな。・・・にしても、今日はまた一段とでけぇ月が昇っていやがる。・・・・あの時と同じ、反吐がでるような月だ」

「・・・・っ!!」



月へと視線を移して発せられた言葉に、銀時はピクリと肩を震わせた。
気配だけでそれを読み取った高杉は、ゆっくりと瞳を閉じて煙を吸い込む。
まるで一呼吸置くかのように。

一際深く煙を吐き出すと、高杉は煙管の灰を落とし火を消して片付けた。


「・・・俺が忘れているとでも思ったか?」

「・・・・いや」


いつもとは打って変わって言葉が圧倒的に少ない銀時に、高杉は声音を更に低くして続ける。


「・・・先生の命日を、忘れるハズがあるめぇよ」

「・・・・っ」

唇を噛み締めるように何かに耐えている銀時の姿は痛々しく。

高杉は一瞬悲痛そうに瞳を歪めると、片手を自分よりも少し高い位置にある銀時の頭に乗せた。
それはまるで壊れ物に触れるかのように。
優しく添えるように触れられた手に銀時は驚き、少し見開いた眼を高杉へと向けた。


「・・・毎年、そんな風に一人で過ごしてたのか?」

「・・・うるせぇよ。つーか離せっての」

「泣きべそかいてる癖に何言ってやがる」

「・・・なっ!んな訳・・・・っ」


ニヤリと口元を歪めて発せられた言葉に、銀時は反論しようとするも言葉が出ず、勢いよく高杉に背を向けることで言葉に変えた。


「・・・お得意の口八丁も出ねぇとはな」


背中から聞こえた声音は、感情が読めない静かな声。
その顔はニヤリと微笑んでいるのか。
それとも悲痛な色をたたえているのか。
背を向けている銀時には窺い知ることは叶わない。


「おい、銀時」

「・・・・何だよ?」

「こっち向け」

「・・・嫌だね」

「なら無理矢理向かせるぜ?」

「やれるもんなら・・・・っ!?」


俯いて背を向けていた銀時は、突然後ろから右腕を強く引かれたことで体制を崩す。
そのまま後ろ向きに倒れそうになった銀時を、高杉は肩を引くことで正面を向かせ、気づいたときには高杉の胸に飛び込む形で抱きとめられていた。



「ぉ・・・っおい!!??」

「言ったハズだぜ?無理矢理向かせるってな」

「こりゃ向いたんじゃなくて倒れこんだの間違いだろうが」

「抱かれてるくせにぎゃーぎゃー喚くな」


高杉の左肩に顔を埋めた銀時は、観念したように小さくため息をついた。
そう強くは無い、むしろ優しく抱き込まれている腕から逃れようとしなかったのは、その匂いが懐かしかったのともう一つ。
この腕の中が唯一、力を抜ける場所だと知っているから。


「おめぇはいつになったら器用になる」

「・・・うるせぇ」

「銀時」

「・・・だから何だよ」

「そっちなら俺は見えねぇ」

「っ!?」


眼を見開いて少し顔を上げると、すぐ視線の上には高杉の左眼を覆い隠すように巻かれている包帯が眼に入った。


「高・・・杉・・・」

「・・・みえねぇよ。何も」

「・・・っ!」


背中に回されていた高杉の右手が、銀時の頭を自分の肩に軽く押し付けるように添えられた。

その手の暖かさに。
その言葉の優しさに。

銀時は自分のうちに溜め込んでいた想いを涙に乗せて、押し殺した声とともに流した。
しがみつく様に高杉の着流しを掴むと、添えられていた手が優しく頭を撫でる。


「・・・今日の川は、やけに荒れていやがる」





昔からそうだ。
どうしようもなく泣きたくなって。
どうしようもなく苦しくなったとき。
こいつは決まって俺の前に現れて。
決まって俺に肩を貸してくれる。
何故かいつも泣けない俺を
何故か自然に泣かせてくれる。


そうしていつも気付くんだ。


いつも厭みなコイツの言葉が。
いつもむかつくコイツの存在が。


唯一俺を、ありのままで居させてくれる場所なんだと。


だから今はもう少し。


またいつものように口喧嘩が出来るようになるまで。


このままで。








 

 

 

 

 

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