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一目惚れの定義

 

 

 

 

 

 

アンタは俺のもの。
誰がなんと言おうが知ったこっちゃない。
これだけは絶対に譲れない。
何が何でも手に入れる。


俺の気持ちは絶対に


他の誰にも負けないのだから。




「俺と・・・?」


驚いて目を見開いた千歳は、目の前で満面の笑みを浮かべる少年を見つめた。
聞いてみたが、少年はただ嬉しそうな笑みを崩す事無く頷いて


「そう」


たった一言、こう返すだけ。
言われた言葉の意味が理解できない千歳は、うーんと唸ってからもう一度問い返してみた。


「・・・もう一回聞いてもよか?」

「めんどくさいっスけど・・・まぁいいっッスよ」


とはいいつつもその顔は嬉しそうで。
とりあえず快く了承はしてくれたのだろう。
千歳はその言葉に甘えて口を開いた。


「誰が?」

「俺が」

「・・・誰と?」

「アンタと」

「・・・・・・どぎゃんしたいとや?」

「付き合いたい」


まさに一問一答。
言いたい事は分かった。
しかしまだもう一つ、一番大事な事を聞いていない。
それは今日まだ一度も質問していない事だから、聞いても問題は無いだろう。


「・・・何で?」

「好きだから」


またしても即答される。
しかし千歳が聞きたいのはそんな答えではない。
”好き”なのはもう分かっている。
問題はそんなことじゃない。
そうではなくて。


「好きも何も・・・まだ初めて会ってから10分程度ばい」


・・・そう。

自分はまだ、この目の前の少年とはその程度の時間しか共有していないのだ。
勿論王者立海二年生エースの噂は耳にしている。
そもそも今日は彼についても、その彼をよく知る幸村と意見を交わしたいと思い遠路遥々神奈川の地まで赴いたのだ。
全ては無我の為、だったのだが。


校内で迷子になり、たまたま見かけた少年がこの切原赤也で、たまたま道を尋ねた。
尋ねたにも関わらず、自分について色々問いかけられよく分からないまま答えていた直後、突然告白された。

全く意味が分からない。


「だぁから、一目惚れっすよ、一目惚れ!」

「一目惚れって、こぎゃん軽かね??」

「軽いとか失礼っすよ!!俺は本気なんスから!!」

「あ、あぁ、申し訳なか・・・」


とりあえず謝ってはみるものの、やっぱり意味が分からない。
少なくとも自分は、こんなにもあっさりと人に惚れることは出来ない。
嫌悪感は感じないが、同意も出来なかった。


「・・・ばってん、俺はよく知らん子とは付き合えんばい」

「なら、知ってから付き合ってもらう感じでいいッスか?」

「いや、付き合うかどうかは分からんとよ?」

「了解ッス!んじゃ、意地でも千里さんに惚れてもらえばいい訳ッスね!!」

「・・・たいぎゃポジティブな子やね」


いきなり名前で呼ばれた事すらも突っ込みの対象にはなりえない程に、赤也の猛アプローチは凄まじいものだった。


「んじゃとりあえず、俺の事は”赤也”って呼んでください」

「ん・・・赤也」


戸惑いながらも素直に言ってみると、当の本人はその顔を真っ赤にさせて目をキラキラとさせていた。


「・・・な・・・なんね」

「・・・千里!!」

「へっ!?」


気がつけば千歳は、自分よりも一回り以上小さな身体を持つ赤也の腕に抱き込まれていた。
一体何がどうなっているのか。
早すぎる展開に、比較的試合中以外はのんびりとしている千歳の脳はパンク寸前だった。


「アンタって人は・・・どんだけ可愛いんスか!!」

「か・・・可愛くなか・・・っ!!」


仮にも自分は男だ。
可愛いなんて言われて嬉しい訳がない。
少しムッとして言い返すが、それすらも可愛いと更に抱き込まれてしまう。
一体何なんだこの子は。

そもそも仔犬のようにじゃれ付いてくる彼の方が、よっぽど可愛いと思うのだが。


「そ・・・そろそろ離さんね・・・っ」

「ん~~・・・仕方無いっすね」


渋々といった風に手を離されて、千歳は少し乱れた服や髪を軽く整えてから深く溜息を吐いた。


「・・・俺はそぎゃん軽い奴は好かんと」


突然の拒絶に赤也が目を見開くのが分かるが、千歳はあえて視線を逸らして続けた。
・・・あまりにも純粋な愛情を向けられるが故に、それに答えてあげられる自信が無いからこそ。


「相手んこつば良く知りもせんと、簡単に好いとうなんて・・・俺は言えんばい」


確かに自分は彼の事を良く知らない。
しかし、こんなにも自分を好いてくれている彼の、傷ついた顔を見たくないと思うのは勝手だろうか。

千歳は思い悩み、結局赤也の顔を直視できず踵を返そうとしたところで、それは止められた。


「ちょっと待って下さいよ」


それは先ほどまでとはうって変わり、あまりにも静かな声で。
思わず振り向いて見てしまった赤也の顔は、真剣に、真っ直ぐに自分を見つめていた。


「誰が良く知らないなんて言いました?」

「・・・ばってん、今初めてあったと。知らんで当然ばい」

「舐めないでもらえませんかね」


眉を顰めて見つめてきた赤也は、きっと怒っているわけではないだろう。
むしろ分かってもらえなかった事がつらいのだとでも言うように。
赤也は目を逸らして搾り出すように言葉を紡いだ。


「・・・俺は見てました。ずっとアンタを・・・アンタだけを・・・!」

「・・・?」


どういうことだ。
考えても理解が及ばない千歳は、尋ねるかのように首を傾げて眉を寄せた。


「最初に見たのは、九州二翼とかで有名なアンタのプレイが映ったビデオだったんス」

「・・・あぁ」


ようやく合点がついた。
しかしそれだけでは理由にならない。


「最初はアンタのプレイに惹かれた。綺麗で、鮮やかで、吸い込まれるようなテニスに」


ゆっくりと、再び千歳の目を射抜いた赤也の瞳は、今までで一番真剣で。
千歳は小さく息を呑んだ。


「何度も見てるうちに、俺はアンタを知りたくなった。アンタの事が知りたくて、会いたくて」

「赤也・・・」

「でも・・・っ」


千歳が言葉を紡ごうとした瞬間、それは赤也の苦しそうな声に遮られた。
軽く目を見開いて見つめると、赤也の目はまるで怒りを抑えるような、必死で、つらそうな顔をしていて。


「アンタがあの橘って奴に・・・右目を怪我させられたって聞いて、俺・・・!!」

「・・・っ」


思い出した。
そうだ。
つい最近行われた関東大会。
そこで橘は、彼のラフプレーによって傷を負った事を。


「その怪我が原因でテニス辞めたって聞いて・・・俺、アイツが許せなかった・・・っ!」

「・・・あれは、桔平のせいじゃなか」

「それでも、アイツの打ったボールが原因なのは事実だろっ!?」


声を荒げていた赤也だったが、再びその顔は俯けられて。
消え入りそうな声は静かに響いた。


「でも・・・確かに、あそこまでやったのはやりすぎだった。・・・今は、反省してる」


あぁ。
彼は、きっと、驚くほど真っ直ぐなんだ。
純粋で、直情的で、自分を一切偽らない。


「と、とにかくっ・・・俺はアンタの事、全然知らない訳じゃない。確かに私生活とかそういうのは知らないけど・・・でも、テニスのプレイスタイルを見れば・・・」


彼が言いたいことは分かる。
確かに、テニスはその人の性格や癖が如実に現れるものだと自分でも思っているから。
初めとは打って変わって必死に自分の思いを伝えてくるその姿はあまりにも愛らしくて。

千歳が優しく柔らかく微笑むと、赤也は言葉を止めてその顔を真っ赤にさせた。


「赤也は・・・たいぎゃ優しか子やね」

「え・・・」

「俺ん目ば怪我しちょった時、泣いてくれとったと?」

「な・・・泣いてなんか・・・」

「・・・違うとや?」

「・・・っ・・・あーーーもう!そうっすよ、泣きましたよ!悪いっスか!!」


思いっきりそっぽを向いて放たれた言葉は、やはり偽りの無い彼の言葉。
千歳はそれを聞くやその顔に溢れるほどの微笑みを浮かべた。

自分はあの時、泣けなかった。
誰も泣かせなかった。
誰も責められなかった。
それがとてつもなく、苦しかった。


なのに。


会話どころか出会ってすらいなかった彼が、この遠い地で自分を思い泣いてくれていたのだとしたら。

それはこれ以上無い程に、千歳の心と身体を暖め癒した。


千歳の零す微笑みはあまりにも綺麗で。
しかしどこか泣き出しそうなその顔を見た赤也は、溜まらずに再びその大きな身体を抱き締めた。

今度はゆっくりと、優しく、包み込むように。


「俺はアンタが大好きっス。誰がなんと言おうとあれは一目惚れで、俺はずっとアンタに惚れてた」

「・・・うん」

「今日初めて会って、会話して、そんでハッキリ分かったんだ。やっぱり間違ってなかったって」

「・・・・ん」

「・・・アンタが泣かないなら、俺が泣いてやる」

「・・・・・・っ!!」


それは千歳にとって、何よりも胸を打たれた言葉。

ズルイ。

自分はまだ、赤也のことを何も知らないのに。




・・・君は俺が泣けない事すら、気付いているのか。




「さて、これから意地でも俺に惚れてもらうんで、覚悟しといて下さいよ」


彼はまた、その顔に無邪気な笑みを乗せていることだろう。
この心の中に芽生えた思いは、きっとまだ気づかれていない。

悔しいから、自分がもう少し赤也の事を知るまで、隠しておいてやろう。


千歳は静かに、そっと触れるように赤也の背中に手を添えると、その顔に穏やかな笑みを乗せて呟いた。


「やってみなっせ。・・・期待しとぉよ」







ハジマリは一目惚れ。




二人が一緒に、無邪気な微笑みを見せるようになるのは・・・そう遠くない未来。






 

 

 

 

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