剥き出しの独占欲
喧嘩をした。
というより、自分が一方的に怒って走り去った。
理由は簡単だ。
自分は嫉妬心が人より強い。
独占欲なんか曝け出せば大変な事になる程で。
しかし、束縛なんか絶対にしたくはない。
そうされる事は自分も何より苦手としている上に、相手も同じようにそれを好まない人物だと理解しているから。
しかし。
やはり。
あれは。
あればっかりは我慢が出来ない。
「・・・」
「・・・凛」
「・・・」
「・・・すまんばい」
「・・・」
「・・・機嫌、直してくれんと?」
どれだけ全速力で走っても、よくよく考えれば千歳を引き剥がせるはずは無かった。
あっさりと追いつかれ、腕を掴まれた所から現在に至る。
ほとほと困り顔で謝罪してくるが、俺は一切眼を合わせようとはしなかった。
何故なら。
・・・俺は千里の、この表情に弱いから。
事の発端はつい数分前。
休校日を利用して日帰りで大阪まで飛んできた凛は、軽々と四天宝寺の校門を潜り抜けて見慣れた長身を探した。
基本的に外をうろついているだろうと断定付けて探してはいたが、視界の向こうにふわふわの頭を見つけた事でその予測は正解だったと喜んだ、直後。
駆け寄ろうとした凛の眼に飛び込んできたのは、女性徒に抱きつかれている、自分の愛しい恋人の姿。
しばらく呆然としていたが、ようやく思考が追いついた凛がその場から走り去ろうとしたのと、それに千歳が気付いたのはほぼ同時だった。
本当は分かっている。
千歳が悪いんじゃない。
大方告白されて断ったものの、諦めの悪いあの女が無理矢理抱きついてきたのだろう。
抱き付かれていた千歳の表情を見れば分かる。
理解は出来るが、しかし。
それで納得出来る程、大人でも無かった。
「凛・・・」
掴まれている腕は、振り解かれないように強く。
しかし痛めない様に加減して。
自分は身勝手な怒りを撒き散らしているのに。
こんな時でも自分を気遣ってくれるその優しさに、涙が出そうになった。
「・・・やーは、わんのもんやし・・・」
「凛?」
しばらくの無言の後、ようやく口を開いた凛は、千歳に聞こえるか聞こえないかの声量でそれだけを告げる。
しかし小首を傾げ見つめられると、口を閉ざし続ける事がバカらしく思えて。
今度は相手に眼をむけてハッキリと言葉にした。
「やーに触りゆんぬや、わん以外許さんどー」
「・・・ん、分かっちょる。・・・だけん、ほんなこつすまんばい」
「・・・ぬーんちあんしー謝るんやっさー」
「・・・振り解けんかったと」
今度は心底申し訳無さそうに。
どこか哀しそうにそう言われては、凛はもうこれ以上責めるような事は言えない。
あぁ、分かっている。
分かっているのに。
別に悪気があった訳じゃない。
浮気心など滅相もない。
ただ。
・・・ただ千歳は、優し過ぎるだけだ。
きっと軽いノリで告白してくるような相手なら、千歳はあっさりと跳ね除けてその場を立ち去るだろう。
しかしあの女生徒は真剣に、真っ直ぐに告白してきたハズだ。
思いを伝えたくて。
千歳の事が好きで好きで仕方が無くて。
その心を捉えたくて必死で。
だからこそ、無下には出来なかった。
無理に振り解いて傷つけたくなかった。
しかしあれ以上の事をさせるつもりは、流石に毛頭無い。
そんな中途半端な態度が、結果的に余計その子を傷つけてしまうのだとしても。
ただ、それも凛と比べれば天秤にかけるまでも無い話で、あっさりと引き剥がしてあの場に置いてきてしまったけれど。
あぁ、もう。
自分がバカらしくなってきた。
確かに腹は立つ。
でも、迷わず自分を選んで追いかけてきてくれた、それだけで。
「・・・もういいさー」
「え?」
「やー、わんぬくとぅしちゅんみ?」
唐突な質問に、千歳は一瞬目を見開いて驚くが、直ぐに引き寄せるように抱き締めてきた。
「・・・当たり前ばい。凛、たいぎゃ好いとうよ。・・・ほんなこつ、好いとう・・・だけん、嫌わんで欲しか」
肩口に顔を埋めるようにして、最後の方は不安げな消え入りそうな声でそう呟く。
嫌うはずが無い。
それどころか、ただ愛しくて堪らない。
先程までの怒りなど何処か遥か彼方へとすっ飛んでしまった。
抱きついてくる千歳の背中に腕を回して、どうかこの気持ちが伝わるようにと抱き締める。
「わんがやーを嫌いになるはず無いやっし」
「凛・・・」
「わんも、いっぺぇしちゅんだしよ」
千歳は、真っ直ぐな思いを無下に扱う事は出来ない。
だが、千歳自身から抱きつくのは唯一、凛だけだ。
それをちゃんと分かっているから。
「わんは嫉妬深いさー」
「・・・そげんこつ、俺ん方が深か」
「は?」
ボソリと言われた一言に、軽く耳を疑った。
・・・千歳が?
嫉妬深い??
「千里?」
「・・・もし、今日んが反対の立場やったら・・・俺んこつ止めてくれんね」
それはつまり・・・。
「やー、わんじゃなく相手に向かってキレる気か?」
「俺が凛に怒る訳無か」
いや、そんな事を堂々と言われても。
しかし、一瞬そんな場面も少し見てみたいとは思いつつも、もし現実的にそうなれば自分では抑えきれない気がしてならない。
いつの間にか二人の顔には笑みが浮かんでいて。
都合が良いかもしれないが、ほんの少しあの女生徒に感謝した。
千歳が珍しく抱きついてくれた。
千歳が予想外に、もしかしたら自分以上に嫉妬深いのであろう事を知る事が出来た。
やっぱり自分は、千歳の事が愛しくてたまらないのだと分かった。
嫉妬は底知れない愛情の表れ。
何気ない日常に思わぬ刺激が、また一つ。