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第三幕

 

 

 

 

 

 

最近、朝起きると身体が重いことがある。
今日もそうだ。
特に腕と足が痛い。
酷い筋肉痛のような痛みだ。
寝返りを打つたびに痛みが走って、否応にも眼は覚めてしまう。
しかし身体は反対に睡眠を欲しているようで、原因は分からないがなんとも不快な朝だという事だけは確かだった。

無理にでも眼を閉じていたが、一度覚醒した脳内はなかなか睡眠へと帰ってくれない。
致し方なく瞼を開けると、暫くの間紅い瞳はただ天井を見詰めていた。


いつまでもこうしていても仕方が無い。


小さく溜息をついて、軋む体を起こす。
そこまで来て、銀時はようやく自分の身の異常に気付いた。


「・・・っ!?」


布団の上で上半身を起こした銀時は、自分の身体を視界に入れて硬直した。

右手は固まった血液と思われる赤で染め上げられ、黒いインナーからも分かるほど全体に染みが広がっていた。



まるで返り血でも浴びたかのように。



そこまで来てようやく理解する。
この身体の痛み。

これは昔、よく体験していたものだ。
戦時中、大量の天人を斬り殺したとき。
その翌日は体中の筋肉が軋んで、血肉を斬り飛ばす事への身体的疲労の大きさを実感せざるおえなかった。

それが、今自分の身体に再び起きている。
もう二度と味わうことが無いと思っていたこの痛みが、再び己の身体を蝕んでいるのだ。


何故?


記憶に無い。
そもそもこんな状態になるようなことを、自分がするはずが無い。
銀時の脳内はみるみるうちに混乱していき、事態を把握することは一層困難になる。
そこで、そんな銀時を現実へ呼び戻す一声は放たれた。





「銀ちゃん?起きてるアルか~?」

「!!」


襖の向こうから間延びした声がかけられる。
こんな自分を家族だと言ってくれた、空色の瞳を持つ少女の声だ。
銀時は弾かれたように眼を見開き身体を硬直させた。

今のこんな自分の姿を見せられるはずが無い。

自分自身ですら原因が分からないのに、少女までも混乱させてしまう事だけはハッキリとしていたから。


「ぉ・・・おう。何だ、帰ってきたのか」

「何だとは何アルか!銀ちゃんが寂しがってると思って急いで帰ってきたアルよ!?」

「ハイハイそりゃどうも」

「とにかく、入るアル」

「っ!あ、いや、入るな!俺まだ眠いから、もうちょっと寝るから!」

「何怠けた事言ってるアルか!!もう昼過ぎネ!いい加減起きるアルこの駄目人間がぁああ!!」


神楽が思い切り襖を開け放つと、家主が居ると思っていたそこには布団に包まっている何かが転がっていた。
頭の中に?が浮かぶ神楽の隣に、メガネを押し上げながら新八が姿を現す。


「どうしたの?神楽ちゃん、銀さんは?」

「あの駄目人間も来るとこまで来たアル。何があっても布団から出ないつもりネ」


半眼で指を指された方向に眼をやると、新八もモゾモゾと動く布団の塊を視界に入れてようやく理解した。


「本当、こんな時間まで何やってるんですか・・・。ほら銀さん、起きてください。ご飯買ってきましたから」


新八が室内へと足を踏み入れて、布団を捲ろうと手に力を込める。
しかし中の人物が全力でそれを拒んでいるのか、なかなか思うようにいかない。


「ちょ・・・っアンタどんだけ惰眠を貪りたいんですか!!いい加減にしてください!!」

「こら銀ちゃん!!早く起きるアル!!」

「・・・ぉい!やめろって・・・!!」


新八側に参戦した神楽の力には流石に敵うはずも無く。
呆気なく布団をむしり取られる。

そして、予想外の姿でそこに現れた銀時に、二人は目を見開いた。


「銀・・・さん・・?」

「・・・っ」


その手と服を紅く染めて、白く整った顔には転々と紅い斑点が飛び散るように付着している。

それとよく似た色の瞳は動揺しているかのように揺れていて、子供二人はただただ絶句することしか出来なかった。


「銀ちゃん・・・っ・・・どうしたアルか!コレ・・・」

「・・・」

「銀さん!?これ・・・返り血・・・ですよね・・・」

「・・・」

「銀ちゃん!?何があったアルか!答えるアル!!」

「・・・っ」

「銀さん!!」

「・・・わからねぇよ・・・っ」


ようやく搾り出されたのは苦痛に滲んだ声。


「朝起きたら、こうなってた」

「朝起きたらって・・・」


新八は問い詰めようとした口を無理やり閉じる。
今の銀時が、嘘を吐いているとはとても思えなかった。

その瞳は不安気に揺れて、どうしていいか分からないように蹲っている。
きっと、一番この状況を理解出来ていないのは彼自身なのであろう事は確かだった。





「銀ちゃん・・・」

「・・・っ」


ゆっくりと近付いてきた神楽に、銀時はまるで怯えたように身体を震わせる。
しかし神楽は構わずに近付いて、その四方に飛び跳ねる銀髪を撫でた。


「銀ちゃんは、怪我してないアルか?」

「・・・?」


驚いて神楽を見上げた銀時は一瞬眼を彷徨わせてから、小さく頷いた。


「・・・あぁ」

「なら、良かったアル!」


うんうん、と、嬉しそうに微笑む神楽は、再びその銀髪を撫でた。

何があったかは分からない。
しかし、自分達が誰よりも慕っているこの銀色の男が、こんなに怯えたように身体を震わせているのなら。

僕等は何も言わずに傍に居よう。

神楽と新八がアイコンタクトをとって頷きあったとき、玄関から何かを破壊するような轟音が響いてきた。


「!?」


足音は一つ。
子供二人が銀時を護るように立ったと同時に、その足音の主は目前へと姿を現した。


「真撰組だ。・・・御用改めである・・・!!」


悔しげに顔を歪めたその男は、瞳孔の開いた瞳を真っ直ぐに、銀色へと向けた。

そして。




「・・・坂田銀時。お前をかぶき町連続殺傷事件の犯人として逮捕する」




恋人から放たれたその事実に。
銀時はその思考を止めて、ただただ呆然とその眼を見返していた。











 

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