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第二幕

 

 

 

 

 

 

 


「どういうことだそいつは」


副長室に籠る煙。
それは絶えずその部屋の主の口から生み出されては蔓延し、換気がされていない室内は既に白い靄で満たされている。


「だから、また奴が出たんでさァ」


この上ないほど顔を煙たそうにしかめている沖田は、その鼻を指でつまんでもう片方の手をパタパタと扇がせている。
しかしまた新たな煙草に火をつけた土方は、怒りを滲ませた瞳を向けて口を開いた。


「この時間帯に賊が出ることは予想されてたろうが。それが何で食い止められねぇんだよ」

「お言葉ですが、さっきまで旦那とデートして鼻の下伸ばしてた野郎に言われたくありやせんねィ」


まるで汚いものでも見るかのような瞳で見てくる沖田に、土方は動揺を隠しきれない顔で眼を剥いた。


「な、なんだとコラ!伸ばしてねぇんだよんなもん!!」

「とりあえず今はガイシャの検死と現場捜査中なんで、アンタも早く来てくだせェ」

「ォイコラ聞け!!・・・チッ」


心底顔を不快そうに歪ませて、沖田はスタスタと部屋を出て行く。

土方は頭をゴシゴシと掻いてから、口に銜えていた煙草をねじり消して部屋を出た。





かぶき町にある人気の無い一角。

歓楽街はおろか住宅すら無いこの道が、今宵に限っては煌々と明かりがともされ、黒服の男達が忙しなく動き回っていた。

その中央に広がる紅い血飛沫の跡。
それを見下ろすようにして、今しがた現場に到着した沖田と土方はそこに立っていた。


「ガイシャは此処に仰向けで倒れていやした。・・・ま、仰向けと言えるかは分かりやせんがねィ」

「・・・?どういう意味だ」


報告の真意を掴む事が出来ず、眼を細めて詳細を促す。
しかし表情を一切変える事無く続けられたその言葉は、誰しもが眼を見張るものだった。


「首が数メートル先まで吹っ飛んでいたんでさァ。そうそう、あの辺に」


沖田が指差した方に眼を向ければ、そちらにも紅い水溜りを確認する事が出来た。
いつものようにぼんやりとした表情の沖田に比べ、土方の顔はみるみるうちに不快そうに歪んでいく。


此処最近、真撰組が最重要事件として取り扱っている案件。
それがこの「かぶき町連続殺傷事件」だ。

夕飯時から夜明け前まで時間的には幅広いが、現段階では決まって夜に発生している。
今回の事件を含めて過去に五件。

これ以上被害が拡大すれば、真撰組の面目も含めて非常に面倒なことになる。


しかし、通常であればこのような事件は辻斬り事件として町の警察の仕事となるはず。
それが特殊警察である真撰組へと回って来ている理由は唯一つ。

その犯行手口があまりにも残酷で、一日に複数件発生する場合もある事から、テロの可能性もあると理由をつけて厄介事を押し付けられたのだ。


土方の機嫌がすこぶる悪い理由は、それが大半の理由を占めていると言っても過言ではないだろう。





「今回は首か。一体どんだけ性格ひん曲がってやがる」

「性格もそうですがねィ。切り口を見る限り、綺麗に真っ直ぐ切り飛ばされていたって事ァ・・・」

「相当な剣技の使い手って事か・・・チッ・・・めんどくせぇ」

「ただ腹を切るのとは訳が違う。首をここまでバッサリと斬り飛ばすなんざ、そんじょそこらの賊に出来る芸当じゃあありやせんぜィ」

「愉快犯か怨恨か・・・どっちにしろ性質が悪い事に代わりはねぇ」


舌打をして口に煙草を銜えると、土方の目の前に山崎が走ってきた。


「副長~~!」

「あ・・・?」


煙草に火をつけてそちらに眼をやると、山崎は大きく肩を揺らして呼吸を整えていた。
胸に手を当てて一度大きく息を吸い込んでから、真っ直ぐに土方の目を見上げた。


「今日の事件の目撃者を発見しました・・・!」

「!そいつは本当か・・・!」

「そ・・・それで、その証言が・・・」

「ぁ?なんだ、ハッキリ言え」


曖昧に言葉を濁らせている山崎をじれったく思った土方は、眉を顰めて煙草の灰を一度落とす。

数回瞳を泳がせた山崎は、意を決したように一度唾液を飲み込み、力を込めて土方の目を見て口を開いた。


「その目撃者、暗闇の中だけど犯人の容姿を見たって・・・」

「特徴を見たって事か。で、詳細は?」

「それが・・・」


もう一度眼を泳がせた山崎は、その目を土方に向け直すことが出来ず、俯いたまま続けた。


「・・・そいつ、四方八方に跳ねさせた眩しいくらいの銀髪を持っていたっていうんです」

「・・・・!!」


口に銜えていた煙草を、ポトリと地面に落とした。

二の句を告ぐことが出来無い程土方は動揺し、脳に浮かんだ可能性を頭を振ることで掻き消そうとする。
しかし、どうしてもよぎるその顔を消しきることはできなかった。


それも仕方が無い。


その特徴は、このかぶき町において二つと無い、誰であるかを確定したようなもの。
それも、土方が誰よりも知っている男のそれと酷似するものであったのだから。










 

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