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詐欺師と自然児

 

 

 

 

 

 

 

ソイツは俺んもんじゃき。
許可無く触ると痛い目見るぜよ。



「ねぇ、アンタ四天宝寺の人?」


まだ自分達の試合までは時間がある。
千歳がぼんやりと会場をうろついていた所、突然後ろから話しかけられた。
何だと振り向けば、そこにはニヤリと口元を歪める少年が一人。

髪の毛は何処か自分と似たようなうねり方をしており、その目つきはさも楽しげに細められている。


「そん通りばい。そういうお前さんは誰ね?」

「よくぞ聞いてくれました!この俺こそが噂の立海大二年生エースこと、切原赤也っス!!」


立海・・・?
言われてみればこのテニスウェアは、千歳にとって非常に見覚えのあるものだった。
しかしその二年生エースが、何故いきなり自分に話しかけてきているのだろうか。


「で、その切原クンは俺に何の用があっとや?」

「ぁあ、忘れてた。その四天宝寺に俺の先輩の恋人が居るらしくて」

「・・・」


それは何処をどう考えても、己の事ではないか?
千歳が驚いて目を見開いていると、赤也は不思議そうに千歳を見上げた。


「心あたり、あるんスか?」

「・・・心あたりも何も、そいつは多分俺んこつばい」


他のメンバーでそんな存在は聞いた事が無い。
事実自分はそうなのだから、少なくともこの回答も嘘にはならないだろう。
答えれば、赤也はその大きな目を更に大きく見開き千歳を覗き込んだ。


「ぁ、アンタが!?」

「ん」


なんだかよく分からないが、とりあえず彼はとても素直な人間らしい。
純粋に驚いている様子には多少好感が持てて、千歳はニコリと微笑んで頷いた。


「・・・か」

「か?」


不思議に思って聞き返せば、赤也は無意識であったのかその頬を真っ赤に染めて口を押さえ込んだ。


「ぁああいやいやいや!何でも無いっス!!」

「ん?・・・変わった子やね」

「そ、それで・・・じゃあ、もしかしなくてもアンタが仁王先輩の…」


その呟きで曖昧だった思いに明確な答えが導き出された。

やはり。

出された名前は間違いなく自分の愛する恋人のそれで。
今度こそ自信を持って答えてあげられると、千歳は更に嬉しそうに微笑んで頷いた。


「そん通りたい。仁王雅治は・・・俺ん恋人ばい」

「・・・っ」


答えれば、赤也の顔は再び真っ赤に染まる。
驚く程の長身にも関わらず、そこから飛び出すこのふわふわした笑顔は何だ。

自分より頭二つ分近く大きいこの存在に、まさか『可愛い』だなんて感情を抱くとは夢にも思わなかった。


「かわ・・・っ仁王先先輩・・・ズリイっ」

「ん?」

「当たり前じゃろ。千歳は俺が本気で惚れた唯一の奴じゃけんのう」

「「!?」」


二人揃って勢い良く振り向けば、そこには銀髪を風になびかせて立つ一人の詐欺師。
それを確認するや一方は嬉しそうに微笑み喜んだかと思えば、もう一方は顔面蒼白になり震えだす。

仁王はニヤリと口に笑みを湛えて千歳に近付くと、寄り添うようにその腰に腕を回した。


「久しぶりじゃのう、千歳」

「全国大会までは大阪に缶詰んなっとったき、しょんなかよ」

「浮気はしとらんか?」

「それはこっちのセリフばい。ペテンで誰ぞ引っかけとんじゃなかと?」

「お前さん以外興味無いと言うとるじゃろ」


あっという間に出来上がった二人だけの世界。
見ていて非常に絵になる。
絵になるがしかし、赤也の瞳には既にこの先の地獄絵図しか見えちゃいなかった。


なんてタイミングで来たんだこの人は。
いや、もしかしたらずっとそこに居たのかもしれない。
もっと早い段階で出てきてくれていれば、ただどんな人か気になっただけだと取り繕える。

しかし、さっきの自分の反応やセリフを聞かれてしまった以上、仁王先輩なら確実に気付かれた。



自分がこの人に、好意を抱いてしまったと。



それを仁王先輩が許すハズが無い。
ただでさえ部活中にこれでもかと言うほどのろけて来ていたのだ。
だからどんな人物か気になって来てみたのだが。


・・・完全に墓穴だった。


「・・・で、赤也はさっきからそこで何を固まっとるんかのう?」

「え・・・!!あ、いやその・・・っ」


微笑んでいるその裏に見える表情。
普段何を考えてるか全く分からない人物だが、非情にもこの時の赤也には手に取るように分かってしまった。

そこへ来て更なる赤也への追い討ち。


「雅治、立海にもこぎゃん可愛い後輩がおったとや」

「可愛い?」


仁王の声音が若干変わる。
今の赤也だからこそ気付く、本当に些細な変化ではあったが、確かに。


「純粋な子は嫌いじゃなかよ。真っ直ぐで、良か子やね」

「ぃいいや!自分は本当、そんなんじゃないっスから!いやマジで!!」


本人に他意は無いのだろう。
分かっている。
分かっているがしかし、その発言は今の赤也の首を絞めるそれでしかなかった。


「謙遜しとると?ウチの後輩にも見習わせたかね~」

「だ・・・だから・・・」

「おー、良かったな赤也。千歳にこんな褒めてもらえてよ」

「・・・!!!!」


早くこの場から逃げ出したい。
が、この場所・・・厳密に言えば千歳が立ち会っている此処が最大級の安全地帯であるとも言えた。
少なくとも愛しの恋人の前では、ペテン全開の般若が出現する事は無いだろう。

しかし。


「赤也、千歳の所まで連れてきてくれた事、礼を言うぜ。コイツは俺でも見つけるのが大変でなぁ」

「は、はぁ・・・・・・はいっ!?」


素直に頷きかけて気付く。

『連れてきてくれた』?

それは、つまり。


「じ、じゃあ、つまり、それって・・・!!」

「・・・プリッ」


最初からつけられていたという事。
赤也の顔面が蒼白を通り越して黒くなり始めた時、ようやく二人のぎこちない雰囲気に気付いたらしい千歳が口を挟んだ。


「雅治、そぎゃん後輩をイジメちょったらいけんよ?」

「別にいじめちょらん。いじっとるだけ」

「・・・なら雅治のいじりは陰湿たい」

「よう分かっとるの~」


特に否定しない所が更に恐ろしい。
何がどうなってそうなっているのかは分からないが、とりあえず自分でもこの仁王は止められそうに無い。

申し訳ない気持ちと、気張れという気持ちを込めて、千歳は曖昧に微笑んだ顔を赤也へ向けた。
当の赤也は心底思う。


出来れば気張る必要がある展開そのものを御免被りたい。


「あぁ、そういえば」

「ん?」


思い出したように呟いた仁王に千歳が首を傾げるが、仁王の視線は赤也へと向けられている。


「真田が呼んどったぜよ。・・・備品の運び込みは赤也に頼んでいたはずだ、とかなんとか」

「え・・・ぁあぁああっ!!」


浮き彫りにされたもう一人の鬼の存在。
赤也はもう一押しすれば失神出来そうな気がしてならない。
もはやどこにも安全な場所など無いとは思うが、とりあえず鬼の怒りを納めんと踵を返したその時。


「切原クン!」

「!?」


呼びかけてきたのは、つい先ほど見知ったばかりの優しい声。
驚いて反射的に振り返れば、ふわりと柔らかい微笑みを浮かべる千歳の姿。
その整った口はゆっくり開かれて。


「また、会えると良かね」

「・・!!・・・う、ウィッス!!・・・それじゃ!」

「ん。頑張りなっせ」


優しい微笑みに、ほんの少し困ったような色を乗せて。
贈られた再会の約束と激励は、これから迫り来る幾多の苦難にも立ち向かう勇気を赤也に与えてくれた。

・・・ただしその言葉が、更に迫り来る苦難を過酷なものへと変貌させたのも事実なのだが。

幾分か顔色を回復させて走り去った赤也を見送って、仁王は深く溜息を吐いた。


「?どぎゃんしたと?」

「・・・お前さんは無自覚なのが怖い」

「なんの話ね」

「自分でも知らん間に男を引っ掛けるんじゃから、ペテン以上に性質が悪かろう」

「人聞きが悪かね~。そげんこつ出来る訳なか」


不満そうに顔を顰める千歳を見ては、更に溜息を吐く。

・・・だから最初に無自覚だと言ったろう。

制御出来る自分の方が、まだ可愛げがあるというものだ。


「とにかく、あんまり赤也には近付くなよ」

「ん?何でそげんこつ言うと?」

「赤也は本気になったら何するか分からん。いいな」

「ん~~・・・」


不満そうに唸ってはいるものの、一応了承はしてくれたはずだ。
キレた赤也は、本当に何をしでかすか分からない。


「千歳」

「ん?」

「今度大会が被ったら、真っ先に俺んとこに来んしゃい」

「ん。迷惑じゃなかかと思ったばってん、今度からはそうすっと」

「よしよし。じゃ、もう少し時間もあるし、その辺散歩でもするぜよ」


少し高い位置にある頭を撫でてそう言うと、千歳は嬉しそうに微笑んで頷いた。

自分が魅せられたこの微笑み。

この俺が虜にさせられたんだ。

他の奴が落とされない訳が無い。

かつて自分の為にと磨いた詐欺の技。

それがこれほど役に立つとは思わなかった。



今は唯一、千歳を護るその為だけに。


今日も詐欺師は、此処に来て更に磨きがかかった腕をいかんなく発揮するのだった。







 

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