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第十二幕

 

 

 

 

 

 

 

銀時が眼を開けると、そこには見たことも無い暗い部屋があった。
窓も無ければ家具も無い。
あるのは外へと続いているのであろう扉と、外からの光が望めないこの部屋を僅かに照らす小さな電球だけだった。

自分の手足を動かそうと試みるものの、身体全体にしびれた感覚が広がり、立つことはおろか指一本動かすこともままならない。
かろうじて動くのは首と目玉くらいだ。


「軟禁の次は・・・本格的な監禁ってか・・・?」


どうやら声もなんとか出るらしい。
しかしそれは酷くかすれて、正常とは言いがたいものだった。

銀時が目覚めた事が外にも伝わったのだろうか。
少し外が賑やかしくなったかと思うと、室内唯一の扉であるそれがゆっくりと開かれた。

なんとか動く首と眼をそちらに向けると、二人の浪士を両脇に従えた男がゆっくりと入ってきて、銀時を見つめた。


「・・・ようやく、お戻りになられたか」

「・・・は・・・?何、言ってんの」


年は自分達よりも少し上という所か。
生真面目そうな風貌は銀時を視界に入れた瞬間、まるでようやく欲しいものを手に入れた子供のように眼を輝かせた。


「我々を覚えておいでではないか」

「・・・す、すんません、どっかでお会いしましたっけ・・・?」


痺れる身体が億劫で、銀時は眉根を寄せながら答える。
しかし男は一切気にした風も無く、それはそうでしょう、とその顔に笑みを乗せた。





「一時期、貴方の部隊に参加させていただいた事もあります、赤月寅之助と申すもの。目立った武勲も立てられなんだ男です。忘れてしまうのも当然の事」

「・・・?」


一体何者なのか。

自分はこんな怪しい所で身動きが取れず、コイツはそんな場所に来て、一番偉そうな奴だ。

恐らく主犯はこの男。
しかし殺気は感じられない。


「・・・目的は何だ」


眠らされていて、あれからどれほどの時間が経過したのかは分からないが、恐らくあれはまだ昨晩の事。
高杉がわざわざ敵陣まで乗り込んできて何か言っていた。

確か・・・


「俺はもう、攘夷なんか興味ねぇからな」


こいつらの目的は、白夜叉の復活。

まるで自分を敬愛するかのように見てくる赤月を、銀時は警戒心を全面に出して眼を細めた。

赤月は一瞬驚いたように眼を見開くが、直ぐに今度はニタリと笑う。


「・・・そうですか、やはり、既に高杉達と接触しておいででしたか」

「・・・!?・・・なんで高杉が出てくんだよ!」


まるで自分の考えを読まれたように的確な名前を出され、銀時は小さな冷や汗を流す。
だが理由は違ったようで。

しかし更なる衝撃的な事実が飛んできた。


「おや、気付いておいでではなかったか。あの真撰組屯所での戦いにおいて、高杉晋助は真撰組側に立ち、我らの同士を切り殺してきたのだ」

「・・・なっ・・・!?」


どういうことだ?
高杉が真撰組と共闘しただと?

驚いている隙に、いつの間にか赤月は床に横たわる銀時の隣へと移動してきていた。
身動きが取れない銀時は眼を見開いて更に冷や汗を流す。


「ち・・・ちょっと、俺今身動き取れないんだよね、どういうことかな?コレ」

「それは私が睡眠薬と共に盛った痺れ薬の効能でしょうな」

「あっさり物騒なこと告白されたんですけどー」

「今の貴方には、我らの御旗と成り得ることは出来ません。僭越ながら、私が白夜叉復活への手伝いをさせて頂きます」

「いや俺そんなん微塵も望んで無いから。有りがた迷惑以外の何者でもないから!!」


僅かに動く首を激しく横に振って抵抗するが、無情にも銀時の瞳は、更に信じられないものを視界に入れてしまう。




「何?・・・何ですかそれ?何なんですかそれ・・・!!」


赤月が襟元から取り出したのは、小さな、しかし確実にどこかで見覚えのあるもの。

・・・それは。


「分かりませんか?・・・・注射器ですよ。貴方の中の白き夜叉を目覚めさせる薬を、打ち込む為の」


つまり、あの晩に高杉が言っていたことは見事正解であったという訳だ。

いつの間にか銀時の額から浮かんでいた冷や汗は滝のように流れており、その紅い瞳は挙動不審に泳いでいた。


「・・・ぃ、いやいやいや、やめよう、な?そんなんほら、良くないって!!」

「そうですか、貴方は注射がお嫌いか。しかしこれでしか投与ができぬのです。何卒ご理解下さいますよう」

「できるかぁあ!!って言うか何!俺が気にしてるのは中身のほうだから!注射も嫌いだけどこの際そんなんどうでもいいから!頼むからやめて!!」


完全に泳いだ瞳をなんとか赤月に向けて懇願するが、奮闘虚しく柳に風であった。


「大丈夫ですよ。効果を発揮するまでは嫌な思いをさせてしまうかもしれませんが、それも一瞬のこと。気がついたときには、昔の神々しい貴方に戻っておいでですから」


何がどう大丈夫だと言うのか。

銀時は更に問いただそうと試みたが、それは突然赤月の両脇に立っていた浪士に、首と身体を押さえつけられた事で叶わなくなった。


「・・・っっ!?」

「少し、じっとしていて下さい。針が折れてしまっては大変ですから」


僅かに動いていた首までも固定され、半ば強引に右側も向かせられる。
そうすることで曝け出された銀時の首筋は、他の何よりも白く美しく、そして妖艶であった。
赤月を含む浪士達が感嘆の声を上げるが、当然銀時はそんなことに構っている余裕は無い。


「ちょっ・・・マジでやめろって・・・!俺はこんなん望んでなんか・・・!」

「さぁ・・・お戻りください、今こそ・・・」

「おい!!聞けって・・・っやめろ・・・っ!!!」


もはや赤月の眼は銀時など捉えてはおらず。
その向こうに見える、戦場を駆け抜ける白銀の夜叉しか見ていなかった。
迷いの無い手は、真っ直ぐに注射器を銀時の傷一つ無い美しい首筋へと当てる。

そして。


「やめろぉおおおお!!!!!」



銀時の悲痛な叫びも虚しく。

針は銀時の首に小さな紅い血の珠を作り出しながら体内へと差し込まれ、無色透明の薬をゆっくりとその血管へ流し込んでいった。










流れ込む熱い液体。
それは血流へと混ざりこみ、恐るべき速さで人体を駆け巡っていった。
瞬く間に全身が熱くなり、思考が定まらなくなっていく。


自分は誰だ。


此処はどこだ。


どうして此処に居る。


何もかもが混乱の渦に呑まれ、出口の無い螺旋へと落ちていく。

その時、頭の隅に何か音がした。
それはよく耳を澄ませると人の声のようで。
誰の声だかは分からない。
だがそれは次第に大きくなっていき、そして聞き取れたその言葉は。


「鬼だ!!殺せ!殺せぇ!!」

「・・・っ!?」


あぁ・・・

これは・・・遠い遠い昔の記憶。
先生に会うよりも、もっとずっと昔の記憶だ。


「異端の化け物が!貴様さえ居なければ!!」


あぁ、また消される、俺が消される。
何もしてないのに、何も、なにも・・・


「銀時・・・銀時」


・・・?
せん・・・せい・・・?


「銀時。お逃げなさい」


せんせい・・・・これは・・・


「この子はただの子供です!!こんな真似が赦されるとお思いか!?」


燃え盛る屋敷の中で、傷だらけの先生が俺を庇いながら叫んでる。

あぁ、これは、これは。

先生が死んだ、あの日の記憶だ。


「危険思想を広める吉田松陽。そして異端な色を持つ鬼の子。我々は双方共に幕府より正式な処刑依頼を受けている。・・・そこをどけ」

「この子は鬼でも化け物でもありません!この子は人の子です!こんな暴力を受けるいわれはないはず!!」


もういいよ、もういいんだ先生。
先生がそう言ってくれるだけで、俺はもう幸せなんだ。

もういいから、だから、早く逃げて・・・





「銀時、銀時!!」


俺に覆いかぶさる先生の腹から、刀が生えてる。

先生が俺を庇ったから・・・

俺を・・・

俺の、せいで・・・


「今のうちに、お逃げなさい・・・何が何でも生き延びるのです。・・・その美しい魂を、絶対に消してはならない。・・・貴方は、優しい子なのだから」


どうして、なんで先生が、殺されなくちゃならない・・・?

なんで

なんで・・・?

誰が



誰が・・・!!





「それは全て、幕府の者の仕業です」


・・・・?

誰・・・?


「幕府が、貴方の大切な者を奪い去ったのです」


幕府が・・・・
せんせいをころした・・・?


「先生を殺したのは幕府であり、そして、この世界そのもの」


ころした・・・殺された・・・っ!!!


「憎いでしょう。先生を奪い、貴方から人としての尊厳を奪い去ったこの世界が」


あぁ・・・憎い・・・憎い・・・!!!


「ならば、復讐しましょう、共に。この世界に復讐しようではありませんか」


・・・でも、先生は・・・


「・・・貴方は先生が、愛しくはありませんか?」


いとしい・・?

先生は、好きだ。
大好きだった・・・
俺に生きる術を教えてくれた、唯一の人・・・太陽みたいな人・・・


「だがその人を、この世界は奪った」


・・・そうだ・・・


「太陽を奪った」


そうだ・・・!


「貴方からそれを奪ったのは・・・誰ですか?」


それは・・・幕府・・・!!


「ならば・・・行きましょう。貴方から光を奪ったあの者達に、白銀の剣にて復讐を。私が及ばずながらお力をお貸しします。・・・白夜叉」


お前は・・・誰だ


「私の名は、赤月。貴方を慕い、敬う者。この命果てるまでお供する所存です」


あかつき・・・赤月・・・。
この世界を・・・潰す。
俺から光を奪った・・・この世界を・・・


先生・・・いいよね。


だって俺、悔しいんだ。
先生を奪ったこの世界が、憎いんだ。
怒られるなら、後でいくらだって叱ってくれていい。

それでも俺は・・・この世界が・・・憎い・・・だから。



「・・・全部・・・壊してやる・・・」














呟いて立ち上がった白装束の男。
その、血を啜った様に紅い瞳に宿る光は黒く。
ふわふわと揺れる銀髪は凄然と輝いている。

そして、その神々しいまでの男に付き従うように立つもう一人の男が、小さく、しかし漏れ出る笑みを隠し切れずに呟いた。


「・・・これぞ・・・これぞ正に・・・白夜叉・・・!!」


全身を白く包んだ男の脳内には、ただ優しく微笑んでいる恩師の姿と、それを奪った宿敵の姿。

傍らに立つ赤月は、静かに白夜叉に近付き、まるで催眠術のように耳元で囁いた。


「白夜叉・・・まずは幕府への洗礼として・・・真撰組を潰すことが得策かと」

「・・・真撰組・・・」

「幕府の忠実な狗であるあの機関は、忌々しいながらもなかなか腕が立つ事で知られています」

「・・・そんなもん、一瞬だ」


ニタリと笑うその夜叉は、まさしく鬼そのもの。

あの戦時中では、この男は夜叉と言われようとも優しさを捨てきれていない様子だった。

しかし。

今のこの男に、優しさなど微塵もありはしない。

有るのはただ恩師への思いと、それを奪った幕府に対する復讐心のみ。

これぞまさに、赤月が心から欲した白夜叉の姿そのものなのだ。

あの戦時中ですら物足りなかった何か。

捜し求めた美しき修羅が今、自分の手により此処に生まれた。
それだけで歓喜し、身震いする身体を止めることなど出来はしない。


「斬り捨ててやる・・・・何もかも」


刀を構えて、低く呟いた白夜叉。
その時、一瞬ではあるものの、白夜叉の瞳が震える。
それは間近にいた赤月ですら気付かぬほどわずかなものであったが。


何だ?


何かが一瞬、心に掠めた。
知らないはずなのに、知っている声。
それはきっと、脳の深くに刻まれた記憶。


”何があっても・・・”


まるでノイズが混じっているかのように、それ以外が思い出せない。
忘れてはいけない何かであったような気がするのに。

何だ。

これは・・・約束・・・?

・・・分からない。

嫌悪感に満ち溢れ眉根を寄せたところで、赤月が声をかけてくる。


「どうかなされましたか・・・?」

「・・・いや」


赤月の声で、ノイズと共に響いていた声は静まり、戸惑いが見えた白夜叉の瞳には再び冷ややかな黒い光が広がる。

生れ落ちた修羅はその憎悪に染まった瞳を、今はまだ眼に見えぬ敵へと向け、整った口を開く。



「・・・真撰組を、潰す」



それは暗い室内に重く低く響いてから、ゆっくり静かに消えていった。








 

 

 

 

 

 

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