top of page

第四幕

 

 

 

 

 

 

数刻前。

真撰組屯所内は暗く重い空気が漂っていた。

ここ最近。

自分達が受け持っていた大きな事件の犯人として名前の挙がった男、坂田銀時。

彼は、自分達の上司の恋人でありながらも、その存在は癒しであり目標だった。
そんな男が、連続殺傷事件の主犯であったとは。

信じたくは無い。

信じたくは無いが、しかし。

あの後現場で見つかった頭髪の検証結果は、間違いなく彼の名を示していた。

信じたくない。

だが現実はあまりにも非情であった。


「・・・土方さん。何処へ行くつもりで?」

「・・・犯人しょっぴきに行くんだろうが」

「それが誰のことか、分かって言ってるんですかィ?」


副長室で一人。
刀を腰に差して身支度をしていた土方の元に現れたのは、その顔をあからさまに曇らせた男、沖田総悟。
恐らく自分と同じ程に、自分の恋人を想っているこの男が。これから自分のやろうとしている事を黙ってみている筈は無かった。


「・・・当たり前だろうが」

「アンタは・・・!!」

「奴の過去を調べた」

「・・・?」


突然何を言い出したのか。
訳が分からず、沖田は訝しげに眉を潜めた。
しかし、土方は顔色一つ変える事無く続ける。


「白夜叉って名前、知ってるか」

「・・・白夜叉・・・?」


沖田は呟いて思考を動かす。
どこかで聞いたことのある名称。
記憶を掘り起こして、ようやく曖昧な記憶を引っ張り出した。




「あぁ、確か、攘夷戦争後期にその名を轟かした伝説の男・・・だったと思いやすがねィ」

「まるで鬼のように天人を斬りまくって、その強さは化け物じみてたそうだ」

「そいつがどうかしたんですかィ?」

「狂乱の貴公子よりも、鬼兵隊を率いた狂犬よりも、もっと恐ろしい存在だった白夜叉。・・・そいつの今の名前が・・・坂田銀時だ」

「・・・・っ!!??」


沖田は驚いて眼を見開く。
しかし、土方の顔は反対に、さも忌々しそうに歪められていた。


「アイツは俺に何も言わなかった。元攘夷志士だって事も、そんな過去の事も」


その唇を噛み締めて、刀を握り締めた土方は沖田に背を向け、吐き捨てるように続けた。


「俺らは騙されたんだよ。へらへら笑って懐に忍び込んで。こっちの隙を見て切り崩された・・・!」

「・・・本当に、旦那がそんな事する方だと思ってんですかィ・・・?」


眉をしかめて、外に出て行こうとする土方を止めるかのように沖田が声をかける。
土方はその足を止めて、しかし顔は振り向かせる事なくそれに答えた。


「・・・現実がそうだと言ってんだろうが」

「旦那がそんな腹持って俺たちと付き合える程、器用な方だとは思えませんがねィ」

「何が言いたい」

「アンタが信じないで、誰が旦那を信じるんですかィ?」

「・・・?」


訝しげに振り返った土方を、沖田はその目を鋭く細めて睨み付けた。


「俺はこの一連の事件の真相が、そんな理由だとは思えねぇんでさァ。・・・確かにやったのは旦那かもしれねぇ。でも、まだ裏がある気がしてならねェ」

「どっちにしろ、犯人が奴なら俺は奴をしょっぴく」

「俺は旦那が好きだ」

「・・・っ」

「でもその旦那はアンタに惚れ込んでる。そのアンタが、旦那をしょっぴく・・・?それがどれだけあの人を傷つけるか、分かってんですかィ?」






土方は一瞬目を震わせてから、再び廊下へと向き直った。


「・・・そんなもん関係ねぇ。奴は犯罪者で、・・・俺を裏切った」

「ようするに、何も話して貰えなかった事が悔しいだけって事かィ」

「そうじゃねぇ!!攘夷志士は俺達にとっちゃ漏れなく敵だ。それが過去だろうが今だろうが関係ねぇ。今正に犯罪者になったってんなら、尚更擁護のしようもねぇだろ」


確かに、土方の言っている事は正論だった。
自分が発言していることのほうが、偏った意見であることは重々承知していた。

それでも。

それでも沖田は、土方をこのまま行かせる事は出来なかった。

あの人の為に。


・・・自分の為に。



「・・・アンタはいつだって、俺の大事なもんを奪っていく・・・!」

「・・・」

「旦那も、旦那の心も奪ったアンタが、旦那の存在自体も奪うってんなら・・・俺はアンタを絶対に赦さねェ・・・!」


悲痛に叫ばれたその言葉。
だが、それでも土方を止めることは出来なかった。


「俺は奴の恋人である以前に、真撰組の副長だ」

「・・・っ」

「犯罪者は逮捕する。それが例え、近しい人物であったとしてもだ」

「土方・・!」

「このやり方が認められねぇってんなら、さっさとその隊服を脱ぐんだな」


最後にもう一度向けられたその瞳は冷たく。
恐らくどんな言葉でも、この男をとめることは出来ないと無理やりにでも悟らざるおえなかった。

静かに部屋から出て行った土方の背を見て、沖田はゆっくりとその場に膝を付く。

止められなかった。

しかし、それが土方の自分達に対する優しさであることも分かっていた。
ここに居る全員が旦那を慕っている。
そんな俺達に代わって、奴は一人で汚れ役を背負い込んだ。

この町の光を、暗闇にぶち込む。

・・・そんな汚れ役を、恋人であるはずのアイツが全て、背負い込んだんだ。


分かっている。


これはただの八つ当たりだ。
自分がその立場になれなかった事に対して。
自分が旦那を護りきれなかった事に対して。


「・・・旦那・・・」


今はまだどうすることも出来ない一人の少年は、ただ一人家主の居ない部屋で蹲る他に、このやりきれない気分を晴らす術を持たなかった。








 

 

 

 

bottom of page