第二幕
「ったく・・・なんだってんだこの事件は」
苛立ちを隠そうともせず瞳孔のひらいた瞳を歪ませて、男、土方十四郎は新たなタバコに火をつけた。
それを傍らで見ていたゴリラ・・・いや、近藤勲は、珍しく真撰組局長らしい面表で腕を組んでいる。
「大方、異国や特異なものを認めようとしない、古い固定概念を持つ浪士の仕業といったところか」
真撰組屯所内で、今だ捜索中の被害者の顔写真を並べた机を挟んで、土方と近藤がうなり声を上げる。
そこには金髪が二人に赤髪が一人。
計三人の被害者の写真があった。
「ケっ・・・・今時見た目だけで迫害やら差別やらは流行らねぇんだよ」
「トシ。まぁそう苛立つな。確かに万事屋も特異な髪をしているが・・・奴の腕っ節の強さは悔しいが認めざるおえないだろう?」
「っ!近藤さん、勘違いしねぇでもらいたいぜ。俺はただ被害者の早期発見をだな・・・」
「みなまで言うな。そういえば総悟はどうした?」
「クッ・・・ヤツなら今朝方、その万事屋のとこへいそいそでかけていきやがったぜ・・・ったく、仕事中に堂々とサボリたぁいい度胸だ」
「まぁまぁ・・・仮に万事屋でも、一応一般市民だからな。被害が出る前に注意勧告をするのも大事な仕事だ」
ウンウンと大きくうなずく近藤を見やり、すぐに視線を外して舌打ちをする。
口に溜めた煙を吐きながら、そして心の中で悪態をつく。
先を越された・・・と。
と、そこへ監察である山崎退が静かに姿を現し、片膝をついて頭を下げた。
「山崎か。どうした」
土方が目線だけ送ると、山崎は小さく会釈してから、真面目な視線を自らの上司に向け、口を開いた。
「人攫いとは別件で、攘夷浪士集団の潜入捜査をしてたんですが、ちょっと気になる話を耳にしまして」
「あん?なんだそりゃ」
「どうも奴らの知り合いに、人攫いの現場を見たってやつがいるらしいんですよ」
「なんだと!?」
土方と近藤が同時に腰を浮かせると、山崎は二人を見つめる瞳を更に細めて見返した。
「あくまで噂に過ぎませんが・・・三人目のガイシャが拉致された現場で、ホシ達の会話を聞いたっていうんです」
「内容は!?」
土方が口に銜えたタバコをギリっと噛むと、先端の灰がパラパラと床に落ちていく。
山崎は少し眉間に皴を寄せてから、じっと見つめていた瞳を床に散らばった灰に移し、そして何かを押し出すようにその口を開いた。
「金髪の浪人をひっ捕まえながら、次がいよいよ本命だ、と話していたらしいんです」
「次・・・?」
「はい。会話には続きがありましてね。ホシ達はこう続けたらしいんです。・・・・・・・俺たちの本命はあの銀髪だ、と」
「「っ!!??」」
土方の口があんぐりと開き、銜えていたタバコをそのまま床に落としていた。
近藤も驚きを隠せないでいたが、思考の停止している土方に代わり、珍しく頭を動かし推理してみせた。
「するってぇとアレか。ホシは自分たちの本命を滲ませる為に、過去三回の犯行を繰り返したって訳か?だがおかしいじゃねぇか。四回目にやるより、警戒心の無い内に攫っちまった方がてっとり早いし確実なはずだろう?」
顎鬚に手を添えながら考えた近藤は、真撰組の頭脳と謳われる男に助け舟を求めて視線を向ける。
が、そこに居たのは冷静沈着な副長ではなく、全身から殺意を立ち上らせた鬼そのものだった。
「そんなこたぁ問題じゃねぇんだよ・・・・問題は本命が《銀髪》だって事だ。この江戸に銀髪なんて特異な色の髪したやつなんざ一人しかいねぇじゃねぇか。だとしたら、こうしちゃいられねぇ・・・次は確実に銀時が狙われる・・・!!!」
「ぉ、おいトシ!!落ち着け!!」
「これが落ち着いてられるかてんだ・・・!一刻も早くアイツを保護しねぇと!総悟に任せちゃおけねぇ!!」
「あ、そのことなんですが、副長」
「なんだ山崎!!!今の俺を止めやがったら、今すぐここでぶった切るぞ!!」
「ぃ、いやそうじゃなくて、あの、旦那でしたらついさっき・・・」
さっきまでの真剣な顔つきはどこへ消えたのか、山崎は引け腰になりながら青ざめだ顔をして、ある意味今の土方にとって一番大切な報告をした。
「沖田隊長に付き添われながらこの屯所にやってきて、他の隊士から嵐の貢物攻撃を受けてました」
言い終わるより先に、山崎の顔面は鬼の副長の手によりボコボコにされていたのは言うまでも無い。
「旦那!!!これ、バトルロイヤルホストのパフェ食べ放題券です!!!旦那の為に抽選勝ち取ってきました!!!」
「だんごの詰め合わせです!!今さっき手に入れてきました!!」
「旦那、菓子折りです、受け取ってください!!」
「あー・・・あ、すげぇなコレ。無制限食べ放題じゃん。有難くもらっとくぜー。あ?あー無理。俺これ食べれないんだよねー。神楽、食うか?ぉ、なんだこれ、うまそー」
屯所に足を踏み入れた瞬間、瞬く間に銀時の周りは黒服のむさ苦しい隊士達で埋め尽くされた。
銀時はよってたかって押し付けられる甘味や甘味を得る為のチケットを受け取ったり返したりしながら返事をしている。
その表情は喜んで目を輝かせたり、めんどくさそうにしかめたりと様々だ。
そんな銀時を三人は遠目から眺めていた。
「さっすが銀ちゃんアル!むさ苦しい男共とはいえ、やっぱりどこへ出しても恥ずかしくない子に育ったネ!!」
「いや神楽ちゃんは育ててないから。にしても凄いですね、本当。なんだかアイドルみたいだ、あの銀さんが・・・」
「みたいじゃなく旦那はここではアイドルなんでさァ。俺の旦那にベタベタ触ってんのは許せねぇが、まぁちょっとなら仕方ねぇ」
「いやアンタのものでも無いからね!?仕方ないとか言いながら刀抜かないでくれます!!??危ないから!それ危ないから!!!」
とそこへ大きな音を立てながら襖が勢いよく開け放たれる。
息を切らして飛び込んできたのは他でもない。
鬼の副長、その人だ。
土方はギロリと部屋を見渡すと、副長の登場で一気に静まり返った黒服の集団の中で一つ、対極の鮮やかな光を放つ銀髪をすぐに発見した。
どけ、と声を荒立てながら黒服の壁をつっきり、土方はまっすぐ銀時の元を目指す。
たどりついたその先では、両手いっぱいに甘味をゲットした銀時が、その口に団子を銜えながら不思議そうにこちらを眺めていた。
「おー、大串くんじゃないの。なんか用?」
「大串くんじゃねぇ!そりゃこっちのセリフだ!なんでお前がここにいる!?」
「なんでも何も、お前の部下が連れてきたんじゃねぇか。好きでこんなむさ苦しいとこ誰が来るかっての」
「素直に言っちまえばいいじゃないですかィ、土方さん。顔が見れて嬉しいってね」
「おめぇは黙ってろ総悟!!」
「お言葉ですがねィ、旦那をここへ連れてきたのは俺なんでさァ。旦那は俺の依頼でここに居る。感謝してもらってもいいくらいですがねィ?」
「グ・・・っ!誰も頼んじゃいねぇんだよんなこたぁ・・!!」
ニヤニヤと笑いながら見下したように話す沖田に、土方は額に青筋を次々と浮かべていく。
目の前で不毛な争いを繰り返している男二人をめんどくさそうに眺めていた銀時は、抱えていた甘味の中から次の菓子をまさぐりながら口を開いた。
「あのさぁ。俺も暇じゃないんだよねぇ。事件だなんだ知らないけどさぁ、他に用が無いんなら帰るよ?俺」
「いや旦那。すいやせん。まぁ詳しい話は今からしますんで。土方が」
「オィイイイイイ!詳しい話もせずにつれてきたのかテメェは!しかもめんどくさいとこ全部丸投げたぁどういう事だ!!」
「そういうのは土方さん得意でしょうが」
「得意でもテメェに指図されてやるのはなんかムカツクんだよ、分かってて言ってるだろ!!」
「勿論でさァ」
「なんだとテメェ・・・!表でろぉお!!」
「あのさぁ。本当もう帰っていい?」
ところ変わってここは会議を行う大広間。
広い部屋に今居るのは、近藤、土方、沖田と、万事屋の三人のみだ。
六人がそれぞれ対面するように座しており、その中央には例の被害者の写真が並べられていた。
「つまり、次の標的は確実に俺だから、騒ぎが落ち着くまでここにいろってことか。大体は沖田くんから聞いてたけど、めんどくせぇなぁ・・・」
「旦那、旦那くらいの方があっさり人浚いに合うとは思ってはいやせんがね。どうにも一人で置いておくには心配なんでさァ」
「仮にお前が拉致られちまったら、何より俺たち真撰組の面目丸つぶれだ。大人しくここにいろ」
「でも銀さん、仕事はどうするんですか?いつ犯人が捕まるのか分からないんじゃ、僕ら仕事もできませんよ」
「だから依頼なんでさァ。旦那がここにいる間、日当で金は出させて頂きやす。その代わり、外に出るときは俺たちの誰かを同伴させて下せぇ」
「つまりここでゴロゴロ昼寝してても金が出るアルか?」
「誰がオメェまで居ろっつったんだ。旦那だけに決まってんだろィ」
「なんだとぉおう!銀ちゃん一人こんな野獣共の巣窟に置いていける訳ないアル!!」
「おいおい総悟、その辺にしておけ。話がややこしくなる」
今すぐにでも立ち上がってゴングが鳴りそうであった二人を勇めた近藤は、再び銀時に目を戻した。
「俺達も一応警察なんでな、市民の安全を守るのを最優先にしたい。必要であればそこの二人も一緒にいてもらって構わん」
「金出してまで警察が一般市民かくまうなんざ聞いた事ないがね」
「そりゃ相手が旦那だからでさァ。旦那を護る為なら俺ァなんだってしやすぜィ。だから好きなだけここに居てくだせェ。金出すのは土方ですから」
「ってオィイイイイイ!なんで俺!?なんで俺が払うことになってんだオイ!テメェが言い出したんだからテメェが払いやがれ!」
「何言ってんですかィ。言い出したのは俺ですが、旦那にここにいてもらいたいのは土方さんも同じでしょうが」
「な!な・・・ななな何言ってやがんだテメェは!」
今度は土方と沖田のゴングを勇めようと必死になっている近藤を尻目に、銀時はめんどくさそうに小指で耳をほじくり返してから、フッと指先についた垢を飛ばした。
「んまなんでもいいけどよ。とにかく金払ってくれんならここに居てやらァ。分かったら犯人なり被害者なりとっとと見つけて来いよこの税金泥棒」
「テメェはなんでそんな態度デケェんだよ・・・!立場分かってんのか!!」
「万事屋」
「そーじゃなくてだな!!!」
「あーーもうウルセェなぁ・・・今日結野アナのお天気注意報見逃したんだよ、ブルーなんだよ銀さん。話済んだんならテレビ見せろコノヤロー」
「それじゃしばらく寝泊りしてもらう部屋案内しやすんで、ついて来てくだせぇ」
「オメーの部屋から一番離れた部屋にするヨロシ。銀ちゃんの貞操が心配ネ」
「心配しなくてもお前には立派な犬小屋を用意してやる、感謝しろや」
「あぁ・・・・もう・・・大丈夫かなこれから・・・」
色んな意味で頭を悩ませる苦労人志村新八ら四人を見送りながら、近藤は隣に座る土方に話しかけた。
「まぁ、なんにせよ安全は確保できたんだ。そう心配することもねぇだろ、トシ」
「チッ・・・俺は外回りしてくる。近藤さんはここを頼む」
「あぁ。任せておけ」
タバコに火をつけながら立ち上がると、土方は晴天の空を睨みつけてから部屋を後にした。