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第一幕

 

 

 

 

 

 

 

鬼だ、鬼が来たぁあああ!!!


見ろ、あの色、あの姿・・・!!!


人の子とは思えない・・・天人との混血なんじゃないのか・・・!!


仲間とはいえ・・・いつ背中から切り殺されるやら・・・


あれが夜叉・・・白夜叉か・・・!!!






「・・・・・・っ!!!!!」


勢いよく開いた瞼の下から現れたのは、赤褐色の瞳。
額に大粒の汗を浮かべて、それを覆い隠すように飛びはねる髪の毛は朝日を受けて銀糸のごとく光り輝いている。

大きく見開かれた瞳は再びゆっくりと細められ、窓からもれくる朝日をながめると、それは更に億劫そうに細められた。
積もっていたものを全て吐き出すように深く息を吐くと、ゆっくりその身体を起こした。
男の名は、坂田銀時。


「あー・・チクショー・・・」


美しく輝く銀色の髪の毛を無造作に擦り、寝癖なのか元からなのか、飛び跳ねた髪の毛が更にぐしゃぐしゃになる。
のそのそと歩き襖を開け、まだ誰も居ない居間を通り抜け様に押入れの襖を開けて中の住人に声をかけた。


「おーい神楽ー、起きろー。」


押入れの中で丸まって眠っていた少女、神楽は、無理やり眠りの淵からひきずりだされ大きなあくびをした。


「ん~・・・なんだよ~・・・まだ寝かせるアル・・・」


おかしなイントネーションで話す少女は、赤みがかった髪の毛をごしごしとこすりながら身を起こす。
と、自らを起こした人物がいつもの平凡な眼鏡少年でない事に気づき、少し目を開けて空色の瞳をのぞかせた。


「・・・あれ、銀ちゃん?珍しく早起きアルな。なんか変なもんでも食ったか?吐きそうか?吐きそうアルか??」

「うるせーよ、たまには銀さんだって早起きするの。やれば出来る子なの」


実のとこ夢見が悪すぎて本当に吐きそうな気分ではあったのだが、この目の前の少女は以外と心配性なのだ。


余計な事を言って変に気を使われたあげくいろんな物を破壊されても迷惑なので、銀時はいろいろと説明を割愛して話を変えた。
とそこに、いつもの平凡な声が扉を開ける音と共に聞こえてきた。


「おはよーございまー・・・ってあれ?」


居間の扉を開けたところで、平凡な面表に平凡な眼鏡をかけた少年、志村新八は、普段ならまだ夢の世界にいるはずの二人を目の前にして驚きの声を上げた。


「珍しいですね、もう起きてるなんて」


まだ眠そうに目を擦っている神楽に比べて、もう既に完全に覚醒しているらしい銀時に対して、新八はもの珍しそうな目を向けた。
銀時はめんどくさそうにその瞳を見返すが、なんとなくいつものように応戦する気になれず小さくため息を吐いた。





「って、銀さん、どうしたんですか?なんか顔色悪いですよ?」


覗き込むような新八の瞳に一瞬ギクリと肩を震わせるが、すぐにジト目を作って逆に新八を見返した。


「ただの二日酔いだっての、ったくお前は俺の母ちゃんですか?姑ですかコノヤロー」

「なんだとー、銀ちゃんのマミィは私の役目ネ。お前は近所の便器役で十分アル」

「近所の便器ってなんだぁああああ!!!せめて人間役にしろぉおおおお!!!!」


既に激しい言い合いが繰り広げられている居間から洗面台へと居場所を移していた銀時は、けだるげに歯磨きをしながら、正面の鏡にうつる自分の姿を見ていた。


自由気ままに跳ねているその髪色は、通常の人間では考えられない銀色。
髪の毛だけでなく、まつ毛も眉毛も産毛も下の毛も、自分の全身に生えている毛は全て同じ銀色だ。


最近では全く気にも留めていなかったその銀色が、今日はやけにまぶしく見えて、嫌気がさした銀時はその気も洗い流すように口内を勢いよく洗浄した。
口周りの水分をタオルでふき取ってから、再び居間に戻っていつもの着流しに袖を通した。



と、そこでかぐわしい匂いが応接間から漂ってくる。
新八が作る朝食が出来上がり始めたのか。
死んだ魚のような目を匂いの方向へ向けてから、首の後ろを億劫そうにさすって歩き出した。
襖を開けた瞬間、玄関先からピンポーンと、無機質な呼び鈴が鳴り響いた。
簡単に出来上がる朝食の代表、目玉焼きをフライパンから皿へと移しながら、せっせと新八が呼び鈴に答える。


「はーい!・・・なんだろう、こんな朝早くからお客さんかな」

「ったく。世の中には暇人が居るもんだね。こんな天気の良い朝っぱらからこんなむさ苦しい家に訪問するか普通。面ぁ見てみたいもんだね」

「いや自分の家むさ苦しいって・・・っていうかむしろ早く面見てきてくださいよ。率先して見に行ってきてくださいよ。僕今手離せないんですから」

「あ~銀さん駄目だわ。なんか駄目だわ。新八駄目だわ」

「僕が駄目ってなにぃいいいい!!!あらゆる意味で不愉快だちくしょぉおおお!」

「おい早くお出迎えするヨロシ、ダメガネ」

「なんなんだお前らぁああああ!!!」


早くも目玉焼きを腹の中にいれつつある少女と、湯気が立つ湯のみに口をつけて立つ気無しの天パをみやり、深くため息をついてから新八は玄関へと歩を進めた。
なんだかんだ良いながら動いてしまうあたり、やはり新八である。




「はーい、どちらさま・・・」


玄関の向こうにいる客人に声をかけながら引き戸を開けると、そこに立っていたのは知り合いでありながらも珍しい人物だった。


「よぉ。久しぶりでさサァ」

「ぉ・・・沖田さん・・!?」


立っていたのは、いつもの黒いかっちりとした隊服に身を包んだ茶髪の少年。
真撰組一番隊隊長、沖田総悟。
沖田は出迎えた新八に声をかけてから、室内を伺うように目線を泳がせた。


「朝っぱらから失礼するぜィ。旦那はいるかぃ?」

「え?え、えぇ・・・銀さんなら応接間に・・・」

「そうかい。なら、ちょいと邪魔するぜぃ」


新八はまだ驚きを隠せないながらも、自然と身体を横にずらして、思わぬ客人を中へと招きいれた。


勝手知ったるといわんばかりに迷わず応接間へ向かうと、そこには今まさに朝食を食べている二人の見慣れた姿があった。
しかし、二人からしたら新八と同じく例外の人物。
むしろ神楽からしてみては最大級の天敵の登場に、この世とは思えないほど表情を嫌そうに崩した。


「何アルかお前。何しに来たネ。飯がまずくなるネ」

「そりゃあ良かった。存分にまずくしてやらぁ」


ニヤりとドS全開の笑みとともに言葉を返した沖田の横を通り過ぎながら、新八は自分の席についてため息を吐いた。


「いや、本当に何しに来たんですか、沖田さん」

「何?飯食いに来たの?市民の税金むさぼり取ってるお役人さんが、これ以上市民から食料もむしりとるっての?やだねぇこれだから税金泥棒は」


大振りで手を顔の横に上げて首を振りながら、銀時はあーあと息を吐いた。


「勘弁してくだせぇ旦那。今日はれっきとした万事屋への依頼で来たんでさぁ」


そういいながら卓上にあった漬物をひょいと口に放り込むと、それを食べようとしていた神楽と取っ組み合いが始まった。


「え?何?怪力娘とタイマンしたいって依頼ですか?食卓破壊したいって依頼ですか?」

「駄目ですよ銀さん。とりあえず席変わんないと。あそこ隣同士にしてたら食卓どころか家が破壊されますよ」



新八と沖田、神楽と銀時と横並びで対面した状態になってから、改めて沖田が口を開いた。


「実は最近、このかぶき町一体で妙な事件が起きてるんでさァ」


沖田が真剣な顔で話し始めても、当然の顔で箸を進める一行。
会話はする気があるようで、しかし銀時のその表情は明らかに嫌そうに歪んでいた。


「旦那、なんて顔してんでさァ。綺麗な顔が台無しですぜぃ」

「いやだって。沖田くんのその切り出し方。絶対変なこと巻き込まれるじゃん?煉獄関の時だってそうだったじゃん?銀さんもうこりごりなんだよねぇ。変なこと巻き込まないでくれる?いやほんとマジで」

「そうアル。うちの銀ちゃんは婿入り前の大事な身アル。おめぇなんかに誰が渡すかコンチキショー」

「いや神楽ちゃん、話の趣旨間違ってるから。誰も銀さん嫁にくれなんて言ってないから」

「いや、むしろ、まきこまない為の依頼なんでさァ」


神楽と新八のやりとりを軽く無視して、沖田の目はまっすぐ銀時に向けられていた。
せっせと口に箸を運んでいた銀時の手が止まり、いぶかしげな瞳を発言者へ返した。


「へ?なに?どうゆうこと?」

「旦那にはしばらくの間、うちの屯所に身を潜めて頂きたいんでさァ」

「てめぇ、やっぱり銀ちゃん連れてくつもりじゃねぇかぁああ!このかぶき町の女王の目が黒いうちは、銀ちゃんは渡さないアル!!!!」

「いやだから神楽ちゃん!今真面目な話だから!あながち響き的には間違っちゃいないけど多分そういう意味じゃないから!!」


《多分》とつけている辺り、新八もはっきり沖田がそれ目当てではないと断言出来なかった。
なんせ当の銀時は気づいていないが、沖田はいつもいつも銀時を見かける度に明らかに口説き落としに来ていた。


全力で否定してはいるものの、この沖田の上司にあたる鬼の副長、土方十四郎も同類だ。
そう。


銀時本人はモテないと嘆いてはいるが、その美しい銀髪に整った顔立ち。透き通るような白い肌。そこに浮かぶような紅い瞳。
見るもの全てを魅了するような出で立ちと立ち振る舞い、そして生き方で、実は大層モテるのだ。・・・そう、男から。
今日も沖田を見た瞬間、正直新八も神楽と同じ発想に至ったが、どうやら話はその方向ではないらしい。


「ま、プライベートで旦那を常に傍らに置いておきたいのは山々ですがね。今回は私情じゃなく、仕事で頼んでるんでさァ」

「だからどーゆー意味かって聞いてんだよ。全然話がみえないんですけどー?」

「それがさっきの《事件》に繋がるんですがねィ」

「事件・・・?・・・あ、もしかして」


いつの間にか食事を終えていた新八が、同じく食事を終えた神楽と銀時の皿を片付けながら声を上げた。


「さっきここへ来る前に往来の噂話が聞こえたんですけど・・・確か、つい先日この界隈で連続拉致事件があったとか」

「そう。でも、ただの拉致事件じゃねぇ・・・その事件、調べがついてる限りでは、ある共通点があるんでさァ」

「共通点?」

「何アルか。もったいぶらないで早く言うネ。いらんところでサド出してんじゃねぇアル」


無駄に踏ん反り返って言う神楽を完全に無視して、沖田はただ銀時を見つめて、こう続けた。


「それは被害者が・・・全員生まれついての異色の髪を持った人間だってことでさァ」





 

 

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