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今日という日

 

 

 

 

 

 

 

こんなに夢中になったのも。

こんなに必死になったのも。

きっと今が初めてだ。

それくらい掛け替えの無い人。

心の底から惚れたんだと、愛を恥ずかしげも無く伝えられる人。

だから、こんな展開も予想してた。

俺がこんなにも夢中になるってことは


その他大勢にも、愛されて然るべきなのだと。


でも、それでもやっぱり、腹が立つのは仕方が無いのだ。

それほどまでに、深く深く、愛しているのだから。






事は数分前に遡る。
日も完全に暮れた、深夜とも呼べる時間帯。
俺はいつものようにあの生意気な小娘が居ないことを想定して愛する人の自宅へと向かった。

躊躇いも無く引き戸を開けて靴を脱ぎ、廊下を突き進む。
この扉を開ければあの人はまたいつものように。
月光に照らされながら社長椅子に腰掛けて窓を眺めているんだ。

そう信じてスッと扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは。


「・・・!?」


少し開けた床の上に蹲る見慣れた銀色と。
それを包み込むようにして抱き締めている、常日頃職務として追いかけているはずの指名手配犯、高杉晋助。

何に、驚けばいいのか。

一瞬硬直してしまった沖田へ向けて、チラリと視線を送ったのは高杉。
それが着火剤となり、沖田は一瞬にして目を血走らせて刀を引き抜き高杉へと突きつけた。

・・・ハズだった。


「っ!?旦那・・・!?」

「・・・沖田くん」


突きつけた刀を鷲掴んで止めたのは、高杉の腕に包まれていた他でもない銀時自身。
沖田は更に眼を見開いてその銀色を凝視した。

一体何が。

何が起こっている。

悪い夢なら覚めてくれ。

どうか。

・・・どうか。


「・・・高杉。ありがとよ、もう良いから・・・とっとと帰れ」

「・・・フン。相変わらず酷ぇ野郎だなテメェは。この俺様を都合よく使うとはな」

「言ってろ」


目の前で平然と交わされる会話。
銀時とこの指名手配犯が知り合いであるという事は知っていた。
知っていたが、それとこれとは話が別だ。

普段自分でも冷静極まりないと自負しているハズの脳内が混乱を極める。
自身が突きつける刀身を掴んでいる白い手首を、真っ赤な鮮血が筋を描いて落ちていく。


「・・・オイ、幕府の狗さんよ」

「・・・っ!?」


部屋の外へと足を進めていた高杉が、ふと沖田の横を通り過ぎ様に話し掛けて来た。


「まさかオメェなんぞに、銀時を奪われるたぁ予想外だったぜ」

「・・・何が言いてぇんでィ」

「銀時の心は奪えても、俺達の絆は奪えやしねぇ」

「・・・っ」

「俺達の過去も誓いも、貴様なんぞが手の届く場所に、ありはしめぇよ」

「・・・高杉。いい加減にしねぇと出禁にすっぞ」


沖田に忠告するように、高杉がニタリと口を歪ませて呟く。
だが再び後方から聞こえた咎めるような声に肩を竦ませ、高杉は今度こそ外へと出て行った。

掴まれていた刀身がようやく、ゆっくりと離される。
鮮血を流す掌を眺めて、しかし銀時は床から立ちあがろうともしなければ、沖田に目を向けようともしなかった。

それが無性にむしゃくしゃして、脳に血が凄まじい勢いで上がっていく気がした。

気が付いたときには、愛しい人の鮮血が付着した刀身を、愛しい人が座り込む真横の床へと突き立てていた。
にも関わらず、それでも銀時は微動だにしない。

沖田は溜まらずに、擦れた声を絞り出した。


「旦那・・・これはどういう了見でィ」

「どういうって?」


未だに流血が止まらない掌を眺めたまま、間延びした返答が返ってくる。
頭のどこかで、プチンっと小さな音が聞こえた。

床に突き立てた刀から手を離し、座り込む恋人の胸倉に掴みかかる。
しかし、ようやく掌から沖田へと向けられた瞳はどこか哀しそうで、寂しそうな色を湛えていて。


「・・・沖田くん」

「・・・ッ」

「別に俺、浮気したつもりは微塵も無いんですけど」


不意に漏らされた言葉が、的確に此方の心理を読み当てていてつい動揺してしまう。

しかし。


「でもま・・・怒らせちまったんなら、悪かった」

「旦那」


自分でも、恐ろしく声が掠れていると思う。
掠れて、地を這うような、そんな声音。


「俺はどういう了見かって聞いてんだ」

「・・・」


今まで全く動じていなかった銀時が、僅かに唇を奮わせる。
真っ直ぐ見つめていた瞳が視線を外し、再び帰ってきたときには小さな迷いを含んでいた。


「・・・あー」


言葉を捜すように出された言葉はやがて小さな溜息となり。
迷いから諦めへと変化した瞳と共に、明確な答えは返された。


「今日は・・・俺の・・・俺達の、まぁ、恩師っつぅか・・・大事な・・・」


言いよどむ様に、言葉を捜すように、銀時は言葉を紡ぐ。

大切な、大切な思い出を傷つけてしまわないように、慎重に言葉を選んで。


「大事な・・・人が、死ん・・・」


そこで、震えた唇が言葉を止める。
いつの間にか外れてしまっていた視線を、再び沖田へと戻すと。

そこには先程までの血走った眼ではなく、戸惑うような、見守るような。

複雑そうな瞳があって。

掴まれていたはずの胸倉には既に掌は無く、代わりに力なく床へと落とされていた。

きっと最後まで言わなくとも、もう分かってくれたのだろう。

察しの良い彼だから、きっと。




それでも、きっと言わなければいけない。

今までこの事実を、きちんと言葉にしたことは無かった。

言葉にして、事実を突きつけられるのが嫌だった。

嫌だから、今日と言う日だけは毎年のように、高杉や昔の仲間達を頼った。

頼って、真実から目をそむけ続けた。

その結果が、これだ。

だから。



・・・だからこそ。



「・・・死ん・・・だ、日、だから」


そう。
もう、先生は居ない。
死んだんだ。

もう、居ない。


「・・・旦那」

「・・・っ」


気が付くと、無意識に流れ出していた涙を拭われていた。

もう一度目を向けると、今度は少し寂しそうな、しかしいつものように優しい瞳が向けられている。


「そうとは知らずに、大切な旦那を傷つけちまいました」

「いや、別に・・・」


そういってようやく血が止まり出していた手を取られる。
スッと首元からスカーフが抜き取られ、それはそのまま掌へと巻かれた。

そして、その腕を引き寄せられると、自分よりも小柄なはずの沖田の腕に包まれる。

とても暖かくて、優しくて、安心する、いつもの腕の中。


「でも、旦那をこうやって抱き締めていいのは、もう俺だけですぜィ」

「・・・ん~」

「それでもまだ他の野郎のとこに行こうってんなら・・・」

「ん?」

「・・・来年からは旦那を見張る為に・・・毎年今日を休暇にしねぇといけねぇや」

「・・・っ!」


僅かに身体を離して、頬を包まれる。
暖かくて、優しくて、安心する、いつもの・・・。


「俺は気が短ぇって、知ってんでしょう?・・・旦那」

「・・・あぁ、知ってるよ。気が短くて独占欲が凄まじい、サディスティック星の王子だってな」

「そんだけ知ってもらってるんなら話は早ぇや。じゃ、早速ですが旦那、お仕置きタイムと行きましょうかねィ」

「は!?ナニソレ聞いてないよ銀さん!!っていうか今すんげぇ良い雰囲気だったじゃん!ムード大事にしてこうよ、ね!!」

「何言ってんでィ、ムードに任せすぎて全国の青少年少女もびっくりなくらいでさァ」

「青少年少女に悪影響過ぎて見せらんねぇよ!!ってオイコラ!!銀さん怪我人!!怪我人だからぁああ!!」


・・・いつもの、ドSな恋人に戻った沖田に、最大級のお仕置きを食らう事になる銀時。


まだまだ知りえないこの大切な人の心の奥底。
自分では到底踏み込めない領域や絆があるってこと。

そんな事は分りきってる。
だからこそ、アイツ等に頼られるのが心の底から嫌だった。

分らない。
踏み込めない。

それなら俺は、それを塗り替えてやる。
知りえないなら、それとは別の記憶で満たしてやる。

ガラス細工のように、脆く儚く、そして強いこの恋人を思えばこそ。

沖田はドSに満ちた笑みを浮かべつつも、その瞳は優しく微笑んでいた。







 

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