第九幕
「オイオイ、どーなっちゃってるのコレ。何?この状況。10字以内で簡潔に答えよ」
「囲まれてる感じでさぁ」
簡潔に答えた沖田を初めとする一番隊は、奥庭まで侵入してきた浪士達によって完全に包囲されていた。
にじりよる包囲網に神経を張り詰めながら刀を構える。
「んなこたぁ分かってんだよ。なんでここまで侵入されてんの。こんな時くらい真面目に仕事しやがれこの税金泥棒」
「全くなにやってんだ土方コノヤロー」
状況にあまりにも不釣合い極まりない呑気な会話を交わしつつ、いよいよ飛び掛ってきた一人を沖田が一太刀で切り飛ばした。
それを皮切りに、間合いを詰めていた浪士達が次々と飛び掛ってきたことで、一気にその場が戦場と化した。
中央に護られる銀時の元へはまだ攻め入られていないが、それも時間の問題だ。
「コイツ等どんだけ必死なんだよ、こんな盛大な拉致慣行見たことないんですけどぉお!?」
「それだけのもんが旦那にはあるんでさァ・・・!」
返事をしながらも銀時の背中に迫っていた敵を切り飛ばし、また次の敵に切りかかっていく。
最初に乗り込んできた第一陣をあらかた打ち倒し軽く一息を付いた瞬間。
「・・・っ!?」
敵を駆逐する為に若干の綻びが出た陣形の隙を突いて、五つの黒い影が瞬時に銀時とそれを護るために立ち塞がっていた沖田の周りを取り囲んでいた。
二人は直ぐに反応して背中合わせになり刀を構えるが、その黒い影との距離は手首を軽く捻っただけで刀が相手に触れてしまう程。
「っ・・・オイオイ、こりゃ流石にヤバくね・・・っ!?」
「旦那にここまで近付くたぁ・・・覚悟できてんだろうな」
「むしろ覚悟しなきゃなんねぇのはこっちっぽいけどな」
刀の柄を握る手に力を込めた時、銀時の正面に立ちふさがっていた忍者装束の男がゆっくりと声を発した。
「その面影、その紅眼、そしてその銀髪。貴殿こそ正真正銘の”白夜叉”殿とお見受けする」
「っ!」
白夜叉。
その言葉に、銀時が僅かに肩を震わせる。
背後の気配の変化とその名称に沖田が眉を寄せるが、男は銀時のみを真っ直ぐ見据えて続けた。
「我等は貴殿を傷つけるつもりは毛頭無い。どうか下手な抵抗などせぬよう願いたい」
「何言っちゃってんのお前。俺には”坂田銀時”っつぅ立派な名前があんの。人違いだからさっさと帰ってくんない?暑苦しいんだけど」
「確かに人違いではあるかもしれん。今の貴殿には、あのような神々しい光を見受けることはできぬからな。だからこそ我等は此処に参ったのだ」
銀時は珍しく本気で不機嫌そうに瞳を鋭く細めて、男を睨みつける。
黙って会話を聞いていた沖田は、周囲の敵から眼を逸らさないまま口を開いた。
「旦那、一体なんのお話で?」
「・・・知らねぇよ。ただの戯言だ、気にすんな」
「・・・だ、そうで。しつけぇ奴は嫌われるぜ。さっさと帰んな。・・・それでも引かねぇってんなら、容赦はしねぇ」
「真撰組一番隊隊長、沖田総悟。貴様が今背後に庇っておるのが何者か知らぬか」
「何者も何も、旦那は旦那だ。俺にとっちゃそれだけで十分でさァ」
一瞬、男の口元を覆う覆面が、ニヤリと歪んだ。
黒い布から覗く瞳が怪しく光り、正面の銀時を通り越してその眼光は沖田へと刺さる。
「・・・それが例え、かつては貴様達幕臣の敵である”攘夷志士”としてあの戦争に参加した者であるとしても・・・か?」
「・・・っ!?」
沖田は若干その瞳を見開かせる。
今、何と・・・?
旦那が、攘夷戦争に・・・?
・・・だが。
それは過去の話。
今の旦那は、その攘夷志士に狙われているただの一般市民だ。
過去など、どうでもいい。
ただ一つ言える事。
・・・それは。
「へぇ、そうですかい。なんだか無性に腹が立ってきましたねィ」
「・・・沖田くん」
気まずそうに声を発した銀時にはあえて触れず、その瞳はただ鋭く細められた。
刀を構え腰を落とし、周囲を囲む黒を見据える。
「俺ですら知らねぇ旦那を・・・」
右足にグッと力を込め、そして。
「てめぇらみてぇなゲスが知ってるなんざ・・・虫唾が走らァ!!!」
一気に間合いを詰めて、正面の黒い影に斬りかかった。
だが一瞬早く身を引いた男はギリギリでそれを避ける。
周囲を囲んでいた者達も一斉に動き、沖田の背中にクナイが飛ぶ。
が、それを弾き返したのは銀時だった。
再び一番隊の隊士達も参戦しての攻防となるが、先程までとは訳が違う。
今度は弾き飛ばされていくのは隊士達の方であった。
「コイツ等・・・なかなかやるじゃないの・・・っ!!」
それでも、銀時を傷つける気が無いのは事実らしい。
牽制程度に攻撃が加えられるだけで、致命傷を与えるような一打は繰り出されない。
だが、それでは銀時を止めることは出来ない。
銀時の獲物は木刀だ。
初めから殺傷能力が無い木刀だからこそ、そんな相手にも全力でたちまわる事が出来るのだ。
「流石は白夜叉という事か・・・戦線を退いたとはいえ一筋縄では行かぬ」
「だから何?本当辞めてくれる?俺もうそういうの興味無いから。本当めんどうだからさ」
先程話し掛けて来た男と刃を交える。
お互いの力がぶつかり合い、刀の押し合いとなったとき。
銀時の目の前にあった黒い覆面が、先程よりも更に深く笑みの形を作った。
「・・・だが。そろそろ大人しくしてもらおう」
「・・・っ!?」
何だ?
男の空気の変化に眉を寄せた銀時は、気配を消していたもう一人の男が背後に居ることに気付いた。
「っ旦那!!」
気を張りながら刀を交えていたはずの沖田だったが、声を張ったときには既に銀時の身体は後ろから羽交い絞めにされていた。
「っなにしやがる・・・っ!!」
「細いな・・・貴殿、本当に男か?」
手練た忍二人がかりで羽交い絞めにされては、さすがの銀時でも振りほどけない。
それどころか嘗め回すように身体を見てくる男二人に気分を悪くしていると、少し離れた所から絶叫が飛んできた。
「テメェら・・・・っ・・・汚ねぇ手で・・・旦那に触れるんじゃねぇ!!!」
眼を血走らせた沖田は、今までとは比にならない剣技で目前に居た男を斬り飛ばす。
その勢いで銀時を助けようと飛び込もうとした。
・・・その時。
「・・・っっ!!??」
沖田の視界が白煙で遮られる。
忍達が一斉に投げた煙球は瞬く間に奥庭を覆い隠し、それは更に眼球に触れる事で猛烈な痛みさえ引き起こさせた。
それでも眼をなんとか抉じ開けて、先程まで銀時が居たはずの場所へと手を千切れんばかりに伸ばす。
「だ・・・旦那ぁああ!!!」
「沖・・・・っ!!」
一瞬聞こえた銀時の声。
しかしそれは直ぐに塞がれたように遮られ、そして。
「白夜叉は頂いていく。この男の過去、見たくば直ぐにでも見られようぞ。あの神々しい白き夜叉の姿を、その眼に焼きつかせるといい。己等自身の肉体に、その刃を受ける事でな」
そう残した後、その場から一瞬にして身の周りにあった気配が消失した。
それでも、沖田は顔面に片手を当て、指と指の間から血走った眼を覗かせてあの銀色を模索する。
ふと、頬に水滴が触れた事に気付く。
やがて何滴も落ちてくるようになり、それが雨なんだと気付いた頃には、周辺の煙が晴れつつあった。
そして・・・
「・・・っ」
銀時が捕まっていたその場所に、黒いものが落ちていた。
煙によって与えられた痛みが引かない瞳を擦り、それを手に持つ。
それはまだ温もりが残った・・・
数時間前に自分が手渡したハズの、黒い隊服だった。
「・・・っ・・・旦那・・・っ」
瞳から、涙が溢れる。
それは、悔しさからか、それとも眼の痛みからか。
あるいは、どれとも言えない複雑な感情からなのか。
なんとも言えず、だが涙は止まらない。
ただただ、ほんのりと甘い匂いが残るその隊服を抱きしめるようにしてその場にうずくまり、沖田は掠れた声を絞り出した。
「護れなか・・っ・・・俺・・・っ旦那・・・!!!」
その、悲痛に歪んだ声を聞いていたのは。
今しがた辿り着いたその場所の惨状に拳を握り締め、血が出るほど唇を噛み締めた隻眼の男、高杉晋助だった。