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卒業

 

 

 

 

 

 

 



ここに来たら、会える。

あの人はいつだって

ここで空を見てるんだ










正午、学生にとっては待望である昼食の時間。
しかし沖田総悟は本日も、売店などには目もくれず、屋上へと続く階段をゆっくりと上る。

最後の階段を上りきり、外からの光が漏れ出る扉へと手をかけた。
音を立てないようにそっと開けて、外を覗き見る。
光に眼を細めながら見れば直ぐに、目当ての人物を見つけることが出来た。

それは陽光を浴びて眩しい程に光る、銀色。

真っ先に眼を引く銀色はふわふわと風に揺れて。
それを掠めるように白い靄の様な煙が漂っていた。
そこから覗くのは、紅玉のような紅い瞳。

やっぱり居た。
あの人はいつも、昼飯の時間になるとここへ来る。

若干の緊張からか、強張っていた表情が緩む。
少し手に力を込めて扉を開ける。
そこでようやく、ガーネット色の両眼がこちらへと向けられた。


「よぉ、何。また来たの」


そういって気だるげな顔をしたまま尋ねてくる。
緩やかな風に白衣を靡かせて、ぼーっと煙草を吸っているのは。
沖田のクラス、3年Z組の担任、坂田銀八。


「来ちゃいけなかったですかぃ?」

「いんや?ただ、普通高校生ってのは昼時になったら購買部のパンにがっつくもんでしょ?来るとこ間違ってるよ」

「間違ってませんぜィ。ただ、俺の場合パンじゃなくて先生にがっついてるだけでさァ」

「そうだな、間違ってるのはお前の頭だったな」


深くため息をつくように、煙草の煙を吐き出す。
吸うために口に銜えた煙草をそのままに、銀八は屋上の柵に背中を預けて空を見上げた。


「何度も言わせんな。こんなオッサンやめとけって」

「何度も言わせねぇでください。俺はアンタが好きなんだ。年も立場も関係ねぇ」


睨むように。
しかし真剣に。
沖田は毎日ここへ来ては口にする言葉を、本日も発する。
銀八はゆっくりと眼だけを沖田へ向けて、口から煙草を取り指に挟む。






「・・・関係無いったってな。良くないよー?若い勢いに身を任せちゃ。お前ならいくらでも若くて可愛い彼女くら・・・っ」


銀八の気だるげな言葉は、耳元で大きく鳴ったガシャン!という音に遮られた。
少しだけ眼を見開いて音のした方を見ると、自分を挟み込むように伸ばされた沖田の両手が、銀八の背後にあるフェンスを握り締めていた。
それは、元のフェンスの形を歪めてしまうほど、強く。


「・・・だから・・・」


搾り出すような呟きを耳にして、銀八は再び正面をむく。
そこには普段冷静な顔つきをしている沖田にしては珍しく、苦しそうな、切なそうな表情が目の前にあった。


「だから・・・っ・・・俺はアンタ以外いらねぇって言ってんだ!」

「・・・」



・・・せっかく、堪えているというのに。
そんな顔させるくらいなら・・・もう、知らねぇぞ。


毎日毎日。
この生徒はここへ来る。
ここへ来て、自分のことが好きだと、何度も告白してくる。

最初は悪戯好きな沖田の悪趣味な遊びだと思っていた。
でもどうやらそうでも無いらしいと気付くのに、そう回数はかからなかった。
俺が此処へ来るのも。
初めはただ、青空の下で吸う煙草が格別だっただけ。

でも今は。



「・・・俺、一応先生なんですけどー?先生フェンスに張り付かせるたぁ良い度胸じゃねぇか」

「誤魔化さねぇでくだせぇ」

「・・・」


ただ真剣に。
真っ直ぐにこちらを見てくる。
銀八は口にでかかった言葉をそっと押し戻して。
ゆっくりと、微笑んだ。


「・・・っ」


それを眼にして、沖田は思わず息を呑む。
気だるげでもなく。
見下すようにでもなく。
その微笑はただ、優しく、綺麗で、儚かった。


「・・・俺はお前の担任。お前は俺の生徒」

「だから・・・っそんなの関係・・・」

「あるんだよ。燃え上がるのは結構だけどな。現実は意外と厳しいんです。分かる?・・・だから」


そういって銀八は、煙草を持っている手と反対の手を持ち上げ、栗色の頭にそっと乗せた。


「卒業してから、出直して来い」

「っ!!」


それは。
それはつまり。



驚いて大きく見開いていた瞳を、沖田はみるみる細めていく。
それは嬉しそうな。
それでいて何かを企んでいるような。

その変化に銀八が頭に”?”を浮かべていると、自分の顔を通り越してフェンスを掴んでいたはずの手が、そっと銀八の頬に触れた。

そして。


「・・・・っ!?」


一瞬だけ、唇に触れた柔らかい感触。
何が起きたのか。
眼を大きく見開いて目の前の沖田をみると、彼はにんまりと笑って舌なめずりをしていた。


「・・・っっっ!!テメ・・・っ何しやがる!人の話聞いてなかったのか!?」


理解した途端、銀八はその白い頬を一気に赤く染めた。
白衣の袖で口元を覆いながら叫ぶと、沖田の表情はすっかりいつものいたずらっぽい微笑みに戻って答えた。


「しっかり聞きやした。”卒業したら”でしょう?」

「・・・だ、だから・・・」

「しやしたぜ。ちゃんとね」
「は??」


何を言っているのか。
首を傾げて説明を求めると、沖田は銀八のふわふわした銀髪に埋もれるかのように耳元に口を寄せて、囁く様にその答えを教えた。


「”片思い”から、卒業しやしたぜィ」

「!!!」


耳まで真っ赤になった銀八を満足そうに見て身体を離し、沖田は校舎へと続く扉に身体を向ける。


「”高校”を卒業するまでは、我慢しまさァ。ただし、卒業しちまったら・・・・」


ゆっくりと、銀八の顔に瞳を向けて。
意地悪そうに。
しかし、嬉しそうでもある、そんな微笑で。


「アンタの全てを、俺のもんにする。・・・・覚悟してくだせぇ」


「・・・っ」


おかしい。
自分の方が優位に立っていたハズなのに。
いつの間にやら主導権を握られてしまった銀八は、ただ朱色に染まった頬を隠すように顔を背ける。
その仕草すらも愛しそうに沖田は眺めると、再び扉へと身体を向けて、今度こそ歩き出した。


「それじゃ、また明日のこの時間に。ちゃんと飯食いなせぇよ、・・・先生」


後ろ手に掌をヒラヒラさせながら、沖田は屋上から姿を消した。

それを見送った銀八は、大きくため息をついて新しい煙草に火をつける。
深く深く煙を吸い込んで吐き出してから、誰にも聞こえない程の声で呟いた。


「・・・もう、おめぇのだろうが」




初めはただ、青空の下で吸う煙草が格別だっただけ。
でも今は。
そんな場所に顔を出すお前に、惹かれてからは。
毎日、お前を待ってる。
ここに来たら、会える。
教室じゃ見られない、お前の素顔に。



お前が卒業したら。
そしたら、必ず。



いままでずっと飲み込み続けた言葉、伝えるから。





「・・・明日も煙草、吸いに来るか」




 

 

 

 

 

 

 

 

 

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