懸念と疑似的な安堵
三日後の昼休み。
3年1組の教室の前に白石は来ていた。
お隣さんであるそこに来るのは何の造作も無い事だ。
しかしそれだけで、教室内には黄色い声が次々に挙がっている。
「千歳、今日も休みなんか?」
「そ・・・そうなんよ。いつもなら途中でフラっと来るんやけど・・・三日も完全に欠席なのは珍しいで」
クラス代表で質問に受け答えしている女生徒の顔も赤く、若干声が上ずっている。
しかしそんな事には全く興味が無い白石は、考え込むように顎に指を添えた。
「電話しても全く繋がらんし・・・寮にもおらん。何処に消えたんや千歳・・・」
眉間に刻まれたシワは、恐らく心配からだろう。
視線を下げて考え込んでいると、その声は突然かけられた。
「こぎゃんとこで何しとっとや?白石」
「・・・!?」
白石はその目を大きく見開いて、弾かれたように声のした方へ振り向いた。
その顔は斜め上へ、見上げるように。
そこには案の定、今の今まで心配の対象となっていた人物。
「ち・・・千歳・・・っ!?」
「ん?」
暫く放心状態で見つめてしまう。
そんな白石を不思議そうに見下ろす千歳。
だがそこはやはり白石だ。
早々に自分を持ち直して、一つ咳払いをした。
「千歳、三日も連絡よこさんとどこほっつき歩いとったんや!!心配したやろ!」
「??心配してくれとったと?」
それでも不思議そうに此方を見てくる。
いかんせんこの男、こと自分に関しては致命的なまでに鈍感でいけない。
この学校・・・いや特に我がテニス部において、自分がどれほどまでの影響力を持っているか知っているか?いや知らないだろう。
そんな思いが思考を巡り、白石の口調は自然と荒く棘が出来てしまう。
「当たり前やろ!立派な無断欠席やで?せめて電話くらい取りぃや」
「あぁ・・・すまんばいね。電源入れとらんかったけ、気付かんかったと」
「何の為の携帯なんや・・・」
携帯を携帯しとっても、電源入っとらなただのガラクタやないか。
白石は呆れ返った脳内で軽く突っ込むと、一つ大きく溜息を吐いた。
「で、またブラブラ放浪しとったんか?」
「・・・ん、まぁそんなとこばい」
へにゃりと笑う顔に、白石は久しぶりに鼓動が早まるのを感じる。
この男は。
何故これほどまでの体躯であるにも関わらず、人に”可愛い”と認識させる事が出来るのか。
無我よりもそっちを研究してもらいたいものだ。
が、しかし。
何だ、この一瞬感じたひっかかりは。
若干眉間にシワを寄せると、千歳はその顔に微笑みを浮かべたまま白石の眉間を突付いた。
「そぎゃんシワ浮かべとっと、取れんようなっとよ?」
「そのシワは誰が作らせとんねん、誰が」
「ハハ、シワはそんまま残りそうたいね」
愉快気に笑ってそんな事を言ってのけるこの男。
・・・つまり己の行動を改善する気は無いという事か。
しかし、先ほど感じた違和感は既に影も形も無い。
錯覚だったか・・・?
まぁ無事に姿を確認できたのだから問題は無いのだが。
そう結論付けようとした所で、タイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴り響いた。
「千歳、今日の部活はサボらんと顔出すんやで?ええな」
「ん。ちゃんと行くけん、心配なか」
コクリと頷いてあっさり了承される。
大概渋られる事が多いのだが、彼なりに音信不通になっていた事に責任を感じているのだろうか。
なんにせよ、来ると言っているのならそれで良い。
白石はほなまた後で、と軽く微笑んで挨拶を交わし隣の教室へと戻っていった。