学園シンドローム 部活動編
学生と言えば部活動。
青春と言えば部活動。
その思想に逆らう事も無く、3年Z組風紀委員は揃いも揃って仲良く剣道部にて精を出していた。
「三年は試合形式で練習、一、二年は素振り。一時間後にミーティングを行う。以上!!」
いつもは全裸に変態と、人格を疑われるような近藤も部活となれば部長としてテキパキと指示を出す。
その手腕と人望を認めてか剣道部は結束が強く、全員が威勢のいい声を放って解散した。
・・・時だった。
「ふーん。意外にちゃんとやってんのね」
武道場の出入り口に寄りかかり、気だるげに此方を見つめる銀八の姿。
先ほどまで頼れる部長であった近藤は一瞬で鼻の下を限界まで伸ばした変態へと成り下がり、土方は持っていた竹刀を落とす。
そして、沖田は。
「先生じゃないですかィ。なんでィ、早速俺に会いたくなったんで?」
「君本当良い性格してるね」
「こいつは嬉しいや。褒めてもらいやしたぜィ」
「いや何一つ褒めてねぇから。どーでも良いけどそろそろこの手離してくんない?」
銀色の姿を見つけるや、ツカツカと歩み寄ってその頬に手を添えていた沖田。
特に表情を崩す事も無く拒絶してきた銀八に、沖田はその顔を更にニヤリと歪めて返す。
「嫌と言ったら?」
「燃やす」
目の前でライターをカチリと付けられるも、それが本心で無い事は何となく分かる。
が、やり過ぎもよろしくない。
「仕方ありやせんねィ。ツンデレは難しくていけねぇ」
「何の話ですかコノヤロー」
つくづくめんどくさいと言うようにジト眼を送って、銀八はその沖田から離れるように武道場の中へと足を踏み入れた。
「・・・ま、程ほどに頑張れや」
「え、先生・・・今日は一体何の御用で?」
武道場で軽く周りを見渡したかと思えば、ヒラヒラと手を振ってそう放たれた言葉。
てっきりしばらく見ていくものだと思った近藤が思わず問う。
「ただめんどくせぇけど適当に見回ってるだけだから。ま、頑張りたまえよゴリ男君」
「ゴリ・・・!?」
「なんでェ、俺ァてっきり顧問にでもなってくれるかと思いやしたがねィ」
「冗談。俺は生まれたときから帰宅部顧問です」
顔を心底面倒くさそうに顰めた銀八は、そのまま沖田を見つめる。
しかしそれで怖気づく沖田ではあるはずも無く。
「まぁまぁそう言わずに。一度手合わせしてみませんかねィ?」
「ハァ?帰宅部顧問だって言ってんじゃん。現役剣道部が帰宅部相手にイジメですかコノヤロー」
「おかしいですねィ。俺の眼にはアンタはなかなかの切れ者と映ってますが」
「そりゃ早いうちにその眼球の買い替えをお勧めするね」
そう言って背を向けようとした矢先に、銀八に向かって飛んできた竹刀。
驚いて思わずそれを受け止めると、その先にはニヤリと微笑む土方の姿。
「竹刀は投げるんじゃなくて振るもんじゃなかったっけ?現役副部長さんよ」
「まぁいいじゃねぇか。一試合ぐらい付き合ってくださいよ先生」
「そもそもテメェらは何でそんなに試合したがるんですか」
「強そうな奴とは手合わせしたくなるもんでしょう。ま、アンタに良いとこ見せたいってのが本音ですがねィ」
「本人叩き潰して良いとこもクソもなくない?お前どんだけドSなんだよ」
そんな銀八の突っ込み等全く聞いてないのか、沖田は武具を一切装着せずに畳の上へと立つ。
その眼は逃しはしないと真っ直ぐに赤色を見つめていて。
銀八は盛大に溜息を吐いた。
「あーあ、今日はさっさと帰ってドラマの再放送見る予定だったのによ~・・・」
「大丈夫でさァ。アレならばっちり録画してあるんで、今度貸しまさァ」
「あ、マジで?なら仕方ねぇな、一回だけだからな。ちゃんとビデオ貸せよ?約束だからな」
どうせ今から急いで帰宅したところでドラマには間に合わない。
ならばと眼をいくらか輝かせて畳へと踏み込んだ銀八は、直ぐに愉快気に口角を上げた。
「何にもつけなくていい訳?」
「アンタこそ白衣着たままやるつもりですかィ?」
「ハンデも必要だろうが」
「・・・」
その言葉には、流石の沖田も眉を顰める。
先ほどまで帰宅部だの何だのと言っていた男からの突然の挑発。
見ればその眼の色は別人のように変わっていて。
しかし。
当校の剣道部はこれでも全国区。
その中でも沖田は筆頭に位置する腕前の持ち主。
それなりに自信もあった訳で、いくら知らぬとはいえその侮辱はプライドを傷つけるもので。
「ならつべこべ言わねぇでさっさとやりましょうかィ」
「剣道は平常心がモットーだろうが。殺気駄々漏れなんですけど」
再びめんどくさそうに眉を顰めた銀八は、片手で竹刀をぶら下げたまま此方を見ている。
どうもこれが彼の構えらしい。
心得が無いとはいえこれは如何なものか。
・・・なんてことを気にするのは精々土方くらいなもので、沖田を含めた他の部員はそれを開始を促す合図と取った。
「はじめ!!」
沖田が視線で促し、部員が若干緊張を滲ませた声音で合図する。
先手必勝。
沖田がそう飛び込んだ瞬間、竹刀を握る手に鈍い反動が伝わった。
「筋は良いみてぇだが・・・惜しいねぇ。殺気が駄々漏れ過ぎて手が丸分かり」
「・・・っ!?」
自分が両手に込めた渾身の一打。
それは目前で軽々と、片手で握られた竹刀によって受け止められていた。
「言っただろうが、剣道は平常心がモットーだってな」
「アンタ一体・・・っ」
「ドラマのビデオ。・・・忘れんじゃねーぞ」
ニヤリと一瞬、その赤色が愉快気に歪められたと認識したその時。
沖田の竹刀が大きく上方へと弾き上げられた。
そのまま銀八が両手で竹刀を持ち直した瞬間。
「・・・っ!!!」
腹部に強烈な衝撃が駆け抜けたかと思えば、自分の身体は周りで観戦していた部員達の下まで吹っ飛ばされていた。
あまりにも一瞬。
それは”剣道”と呼ぶには程遠いものではあったが。
誰よりも沖田自身が理解していた。
最初のあの一打を軽々と受け止められた時点で既に、勝敗などとうに決していたと。
「あぁ、忘れてた」
「・・・っ?」
腹部に強い衝撃を与えられた沖田は、詰まる呼吸で銀八に眼を向ける。
そこには普段通りやる気なさ気に眼を細めた銀八の姿。
「うちDVDとか高性能なもんねぇから。ちゃんとビデオで貸せよ。分かったな」
「・・・心配いりやせんぜィ、うちはビデオもDVDもブルーレイもあるんでねィ」
「何そのぶるーれいって。喧嘩売ってんのお前。武道場の外まで殴り飛ばされたかったのお前」
ジトリと沖田を見てから、傍に居た部員にひょいっと竹刀を投げ渡して身体を反転させようとした銀八。
そこに慌てて声をかけたのは近藤だった。
「せ、先生!アンタを見込んで頼みがある!!」
「嫌だね」
「ぇえ!まだ何も!!」
「サルでも分かるだろ。何、ゴリラはサルにも含まれないんですか?」
「酷・・・っ!い、いやしかし、アンタに顧問になってもらえれば俺達は!!」
「俺の話、聞いてなかった訳?」
ほとほと面倒くさそうに顔を顰めた銀八は、直ぐにそれをニヤリと微笑ませて告げる。
「俺は生まれた瞬間から、帰宅部専属顧問なんだよ」
そこには一切の迷いも無く。
言うと同時に銀八はくるりと白衣を翻して背を向けた。
そのまま一度も振り返る事は無く。
ただヒラヒラと手を振りながら消えた背中を、誰一人として呼び止められる者は居なかった。
その日フラリと現れた銀色は、今までの印象をガラリと変えるインパクトを残し、代わりに彼らの心を完全に奪い去っていった。