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唯一無二

 

 

 

 

 

 

 

数多の躯が、浅黒い血の海と共に広がる戦場跡。
転がる躯は人の形をしたもの、鳥に足を生やしたもの、猪と虎をあわせた巨体など様々なものがある。
既にその肉体は肉体と呼べる代物ではなく、曇った空を縦横無尽に飛び回る烏達の腹に溜める餌と成り果てている。


そんな地獄絵図の世界に一つ、浮かび上がるは白銀。


全体が赤黒く染まった世界に異常なほどそぐわない白は、さながら白昼夢を見ているような不思議な感覚に陥る。
白銀はその陣羽織をところどころ紅く染めて、銀糸の髪を黄昏時の風になびかせていた。


「だからよー、やりすぎだって」


足元に転がっていた首のない躯を、無造作にどけて腰をおろす。
背後にあった岩にゆっくりと体重をかけると、分厚い雲に覆われた空を見上げた。


「皆ドン引きして帰っちまったじゃねーか。どうしてくれんですかコノヤロー」


眉間に皴を寄せて雲を睨みつけると、一瞬後にふわりと目前に銀色が現れた。
自分と同じ色の銀糸の髪に、紅い瞳。
全く同じ陣羽織に目鼻顔立ちも双子以上に酷似している。
ただ違うのはその衣類に汚れ一つ見当たらない所と、自分以外の誰一人として彼を目視できないであろう事だった。


「・・・俺が居る」

「いやそりゃそーだけども」

「・・・不満か」

「・・・」


眉一つ動かさない、全くの無表情。
声音すらも抑揚が無く、いつもの如く彼から感情を伺い知る事は出来ない。
しばし睨み合っていたが、当然折れるのは毎度銀時の方だった。


「・・・逃げてくような奴らと、オトモダチしてくつもりもねーし」

「なら銀時に友など居ない」

「本当極端ねお前」


座るでもなく、目線を外すでもなく。
ただ目前に立って、自分を見下ろしてくる”自分”。
それを見上げながら、何度目かも分からない溜息を吐いてゆっくりと両手を広げた。
まるで相手を迎えるかのように、すがるかのように。
力なく笑みを刻んだ口元は疲れ果てていて、生気などまるで無かった。

自分以外の、誰にも見えないもう一人の自分は無表情のまま、広げられた両手さえも巻き込んでゆっくりと抱き締める。
暖かい。
錯覚なのか、それとももう自分は”表”には居なくて、いつものあの空間で抱き締められているのか。
少し真剣に考えてみたが、直ぐにそんな事はどうでもよくなった。


「もうさ、ずっと、お前が出てればいいよ」

「・・・」

「そしたら、俺も疲れねぇで済むしよ」

「・・・」

「俺は、もういいわ。・・・”坂田銀時”は、おめーにやるよ」


抱き締めてくる相手の温もりが心地よくて。
目を開けている事も億劫になって、ゆっくりと閉じた。
しかし続いた相手の言葉に、再びその紅玉を覗かせる事になる。


「・・・いらない」

「・・・はい?」

「銀時は、お前だ」

「いや、だから」

「俺がお前になってしまえば、俺は何の為に此処に居る」


身を離して相手の顔をうかがおうにも、抱き締められた腕を解けずに諦める。
眉間に皴を寄せて言葉を待つと、直ぐに続けられた。


「俺は、お前がこの世界で生きていく為に生まれた」

「・・・っ」

「お前がこの世界で立ち続けるために、俺は此処に居る」


ゆっくりと身体を離されると、真っ白な掌が自分の頬を包んだ。
目前に広がるのは見慣れた紅と、銀色。


「お前が居なくなった世界に、俺の生きる意味は無い」

「・・・本当、極端」


微笑んでいるはずなのに。
嬉しいはずなのに。
流れる涙は止まってくれない。
自分の頬と、”自分”の掌を濡らし続ける涙は暖かくて。
見開いていた瞳はもう一度閉じられた。



「本当、こんな世界・・・クソみてぇなんだよ」

「・・・」

「どいつもこいつも、戦場に出てるくせに逃げ腰だし」

「・・・」

「俺なぁんにもしてねぇのに勝手に怖がるし」

「・・・」

「鬼だの化けもんだの・・・本当、うるせぇっつーか」

「・・・」

「・・・それでも、それでもよ」

「・・・」

「それでも・・・好きなんだよな、俺は」

「・・・」

「好きなんだ・・・こんな、クソみてぇに汚れた、生々しい世界が」

「・・・そうか」


たった、たった一言。
それだけなのに、涙腺を狂わせるには十分な力があった。
嗚咽すら漏れだした頃には再び暖かい腕に抱きこまれていて。
痙攣する背中を優しく宥めるように撫でられていた。


「・・・なぁ」

「なんだ」

「お前は、ねぇの?」

「何がだ」

「個人として、生まれたかったとか・・・そういう風に考えた事、ねぇの?」


ようやく泣き止んだ頃、目前で首を傾げていた相手に再度問いかけると、質問を理解したのか直ぐに口を開いた。


「無い」

「え、即答?」

「俺は、既に俺という立派な”個人”だからな」

「あ、いや、そりゃそうなんだけど・・・」

「その”個人”が肉体を意味しているなら、それは必要ない」

「?・・・なんで?」

「俺は、お前とこうして対話出来れば、それだけでいい」

「・・・」

「肉体がなくとも、現にそれが出来ている。だから特に必要はない」


本当に極端。
本日三度目の台詞をあえて飲み込んだのは、相手の表情が驚く程真剣だったから。

自分はもしかしたら誰よりも幸せ者なのかもしれないと、銀時はこの日初めて心から思った。

人が生きていくうえで必死に捜し求めるであろう、自分自身を本当に必要としてくれる存在。
それが自分には、既にこんなにも近くに居たのだから。
どこまでも純粋に、真っ直ぐに己を必要としてくれる。
それがこんなにも幸せで、嬉しいことだったなんて知らなかった。
例え彼が自分の弱い心から生まれてきた存在であったとしても。
彼は彼という、一人の”個人”なのだから。


「それじゃ・・・まぁその、なんだ。・・・もうひと踏ん張り、俺は俺としてまぁそこそこやってくからさ」

「あぁ」

「やってく為に、戦任せてる身でなんだけど、もう少し抑えた感じで暴れてくんない?」

「・・・」

「別にオトモダチは要らないんだけどさ、アジトに戻りづらいっていうかなんていうか、まぁそんな感じだからさ」

「・・・わ、分かった」

「・・・ぷっ」

「ぷ?」


思わず吹いてしまった声を怪訝に思ったのか、珍しく眉間に皴を寄せて首を傾げてくる。
その反応が予想外で、銀時は更に笑いを堪えきれなくなってしまった。


「・・・い、いや・・・お前でも、困ったりするんだなぁってよ」

「・・・」


珍しく、というか、彼がこんなにも不機嫌そうな顔をしているのは、もしかしたら初めてかもしれない。
それが可笑しくて、嬉しくて。
銀時は随分と久しぶりに、心から声を上げて笑いだした。

だから、気付かなかった。

彼がそんな銀時を見て、今度こそ本当に、初めて。


心底嬉しそうに、その顔を微笑ませていた事を。
 


個人として、生まれたかったと思った事は無い。
別人格として生まれた事に対しては、なんの不満も無い。


ただ、不安に思ったことなら、ある。


本当に自分は、生まれてよかったのかと。
先のように自分の存在が、余計に彼を潰してしまうのではないかと。


それでも。


そんな風に、笑ってくれるなら。


喜んでくれるなら。


良かったのかもしれない。


少なからず意味はあったのかもしれない。


そう実感できた事が嬉しくて。



彼はもう一度静かに微笑んだ。



 

 

 

 

 

 

 

 

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