独占謳歌
何を考えているのか分からない。
いつもとぼけた笑みを浮かべて。
心の底を読ませない表情と口ぶりでフラフラと漂ってる。
腹が立つほど飄々としているこの男から、俺は不覚にも目が離せなくなっちまった。
久しぶりの休暇。
俺は気晴らしに市中を回りながら昼飯でも食べに行こうとしていた時だった。
前方に見覚えのある銀髪。
眼をこらす必要などない。
この町に、あんな目立つ姿の男は一人しか居ない。
不本意ながらも目が離せない、いつの間にか俺の心を持っていった銀色の魂を持つ男。
・・・坂田銀時だ。
俺は高鳴る心臓を押し隠し、平然を装って前方から歩いてきたその男に声をかけた。
「相変わらず暇そうじゃねぇか」
「あ?」
微かな笑みを湛えて言ってやると、案の定向こうもニヤリと厭らしい笑みを浮かべて返してきた。
「そーいうお前も相変わらず厭味な奴だねぇ」
「その点じゃお前にゃ敵わねぇな」
最初の頃は本気で言い合っていたが、最近じゃこれも冗談の挨拶のようになってきた。
こんな絶好の機会を逃す訳にはいかない。
飯にでも誘おうかと思った矢先。
横から思わぬ人物の声が飛んできた。
「アレ、旦那じゃねぇですかィ」
「あらら、沖田くん久しぶり」
「・・・!総悟・・・っ!?」
真撰組の隊服を身に纏った総悟は、一瞬俺にニヤリと笑みを向けたかと思うと、次の瞬間には万事屋に爽やかな笑みを向けていた。
「旦那、丁度良かった。今から飯でも食べに行きませんかィ?おごりますぜィ」
「あ、マジ~?」
「ってオィイイ!お前仕事中だろうが!!何目の前で堂々とサボろうとしていやがる!!」
・・・コイツ。
確信犯だ。
俺が万事屋と話してんの見てわざと割り込んできやがったな・・・!
「何言ってんですか土方さん。俺ァ丁度昼休憩しようとしてたとこなんでさァ」
「何でもいいけどおごってくれるんなら行くけど」
「じゃあ旦那、行きやしょう」
そう言って総悟が万事屋の手を取った瞬間。
俺の頭には一瞬で血が上り、気がついた時には・・・
「・・・ちょっ・・・!?」
万事屋の肩を強引に引き寄せて、その細い身体を腕の中に抱き込んでいた。
「ぉ、ォイコラ、土方君!?何すんの!!」
「土方さん・・・どういうつもりでィ」
「・・・・・に・・・じゃねぇ・・・」
「?」
言葉が聞き取れなかった二人は首を傾げてみてくる。
俺は完全に血が上った頭で、総悟を睨みつけながら今度はハッキリと口にした。
「勝手に・・・コイツに触ってんじゃねぇ」
「・・・っ」
驚いて眼を見張った総悟を尻目に、俺は万事屋の身体を離すもその手を取り、引っ張るようにその場を後にした。
しばらく歩き、近場の公園が目前に迫った頃、後ろで喚いていた万事屋がいよいよ本気で俺に叫んできた。
「ちょ・・っ土方くん!?どこまで行くんだよ!!」
「・・・」
そこでようやく俺は脚を止める。
しかしその手は繋いだままで。
何故か万事屋もそれを振りほどこうとはしてこなかった。
そんな小さなことすらも嬉しくて。
俺はつくづくコイツに惚れているんだと自覚した。
「・・・何、どうしたの突然。・・・相変わらず訳のわかんねぇ奴だな」
「・・・万事屋」
「あ?」
話しかければ返事をしてくる。
俺は今の気持ちに乗っかって、大きすぎる思いを恐る恐る口に出した。
「・・・てめぇは無用心過ぎんだよ」
「は!?何?突然駄目出しですかコノヤロー」
「隙ばっかりで、簡単に誰かについていく」
「何なの、バカにしてんの?」
どんどん顔を不機嫌そうに顰めていく万事屋だったが、俺は構わずその目をまっすぐに見て、繋いだ手に力を込めた。
「・・・触られてんじゃねぇ」
「は・・?」
「誘われてんじゃねぇ」
「いや・・・だから何・・・」
「お前は、俺だけ見てりゃいいんだよ」
「・・・っ!?」
恥ずかしくて。
眼を逸らしたくなる。
でもここで眼を逸らせば、俺はもう二度とコイツに触れることも出来なくなる。
だから俺はそんな噴出する内情から眼を逸らして。
驚いて大きく眼を見開いた事で覗いた紅い瞳を、真っ直ぐに見つめた。
「・・・万事屋」
何も言わない万事屋に痺れを切らして俺が呼ぶと、それに答えるように紅い眼が優しげに細められた。
驚いてそれをみつめると、形の良い口が動いて言葉を発してくる。
「お前、どんだけ俺様なんだよ」
「・・・なっ」
食い下がろうとする俺を遮るように、万事屋は言葉を続ける。
「触ってくる奴は触って来るし」
「・・・っ」
「誘われるときゃ誘われるし」
「・・・」
どんな顔をしたらいいか分からなくなり、俺の顔はゆっくりと下を向いてしまう。
しかし、視界が下がったはずの俺の眼に、突然綺麗な紅い瞳が移りこんできた。
俯いた俺の顔を覗き込んだ万事屋は、優しく微笑んで、そして。
「でも、テメェだけ見てやる事は出来る」
驚いて、その場に固まってしまう。
いたずらっぽく目の前の男が笑うと、繋いだ手を強く握り返された。
それに酷く安堵して。
これは現実なんだと教えてくれる。
「・・・もう離してやらねぇ」
「そいつは大変だな」
「テメェは俺のもんだ」
「残念、テメェも俺のもんです」
つくづく俺達は似たもの同士。
だがそれがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
「・・・銀時」
初めて下の名前で呼んでやれば、アイツは驚いたような。
しかし喜んでいる様子で振り返る。
「・・・好きだ」
いつものとぼけた笑みを浮かべるその顔に、今日はほんのり紅がさして。
照れたように笑う顔は、俺以外には見せない。
俺は今まで生きてきた中で、こんなにも強い独占欲を感じたのは初めてだった。
離してなんかやらねぇ。
これから先、お前の全ては
俺のものだ。
「あーあ。ついにもっていかれちまいましたねィ」
目の前で愛しい銀色を奪われてしまった沖田は一人。
悔しいながらもどこか優しい笑みを浮かべて。
「旦那がずっと前から見てたもんに気付いてなかったのは・・・
アンタだけですぜィ。・・・土方さん」
それは穏やかに吹く風のみが聞いた、優しい呟き。