喪失へのカウントダウン
陽気な小鳥の囀り。
うっすらと瞼を刺激する柔らかい光。
深い眠りの世界から意識を掬い上げたのであろう、その自然が織り成す目覚ましはなんとも心地の良いもので。
一人ワンルームの中心で布団に包まっていた彼は、一度瞼を震わせてからゆっくりその目を開いた。
「・・・ん」
とても気持ちのいい朝だ。
寝足りない訳じゃない。
が、直ぐに活動する気にもなれず、千歳千里はその大きな体躯を布団に投げ出して、めいっぱい朝の空気を肺へ送り込んだ。
天気もいい。
開けたままの窓からは、気持ちのいい涼やかな空気が流れ込んでくる。
今日は平日である為勿論学校があるはずだが、もう少しこのまま寝転んでいたい。
そもそも、この太陽の高さじゃ既に2限目が始まってしまっている頃だ。
そう思ってぼんやりと天井を見上げたとき、ふと何か違和感を覚えた。
「ん・・・なんね・・・?」
無意識に口から漏れた独り言。
どうせ誰も聞いちゃいない。
気にせず千歳はその違和感の主を探す。
見上げる天井はいつも通り。
首を傾けて見るも、見えるのは皿が積みあがった台所やらテニスバッグやら。
間違いない、此処は大阪での自分の家だ。
ならこの違和感は何だ?
あえて人と違うというのなら、この右目。
しかしこの片目だけ焦点の合わない世界にももう慣れた。
今更違和感だなんだと言う程のものじゃない。
でなければ一体・・・。
そこで無意識に、左目をゆっくり閉じる。
消えていく明確な視界。
後には境界線が恐ろしく曖昧で、全ての色がぼやけて溶け合った世界が残る。
・・・はずだった。
「・・・!!!」
分かった。
分かってしまった。
この違和感の原因が。
・・・そう。
『無い』のだ。
今まで当たり前にあったそれが無い。
気付いてしまった。
気付きたくなかった。
それでも、これがもし現実だとするならば。
彼は今一度その口を開き、呆然と響く独り言を口にした。
「・・・色が・・・無か」
前触れも無く開始されたカウントダウン。
千歳は静かに目を閉じ腕で覆うと、整った唇を血が滲むまで噛み締めた。