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第五幕

 

 

 

 

 

信じてた。

コイツだけは

最後まで一緒に居てくれる。

そう

信じてたんだ。











数刻前、自分の部下に言われた事を胸に秘めながら、土方は今目の前にあるその現実に直面していた。

二人の子供に護られている、血塗られた存在。

それは間違いなく、自分のよく知る銀色の恋人だった。


「おいガキ、そこを退け。じゃねぇと公務執行妨害でテメェらもしょっ引くぞ」

「突然なんなんです・・・!?銀さんが連続殺傷事件の犯人って・・・アンタ本気で言ってるんですか・・・!?」

「昨日新たに被害者が出た。銀髪の男を見たっていう目撃者がいて、そこに落ちてた銀髪はコイツのもんで、今現在全身返り血浴びてる奴が目の前にいる。・・・証拠がありすぎてむしろ怖いくらいだろうが」

「そ・・・そんな・・・!」

「おい銀時」

「・・・っ!」


尚も言い募ろうとした新八を無視して、土方は真っ直ぐに銀時を見て声をかけた。
それを見返すことが出来ず、銀時は反射的に眼を逸らす。
それが気に入らなかったのか、土方は眉を顰めて口調を荒げた。


「自首するってんなら、悪いようにはしねぇ。さっさとお縄にかかりやがれ」

「・・・っ・・・俺は・・・」


ようやく口を開いた銀時に眼を向けると、予想外の発言が飛んできた。


「・・・俺はしらねぇ・・・俺じゃねぇって!!」

「・・・まだしらばっくれるってのか」

「覚えてねぇんだよ、朝起きたらこうなってたんだっつの!!」

「それを信じろってか?」

「信じてくれねぇのかよ、てめぇは・・・!!!」

「・・・っ」


それは、悲痛に揺れる紅い瞳と共に。
泣きそうな顔で訴えてくる銀時は、土方ですらも見たことの無い姿だった。
・・・しかし。





「・・・あぁ。信じられねぇな」

「・・・っ!?」


突然放たれた恋人からの言葉。
銀時は言われたことが理解できず、ただただ呆然と黒い瞳を見つめた。


「お前が最初に俺を裏切ったんだろうが。・・・だからもう、俺もお前を信じねぇ」

「ちょ・・・っ何の話だって!!訳分かんね・・・」

「本当に分からねぇか?」


一体何を言っているんだ。
つい、つい昨日だ。
久しぶりに会って、飯を食べて、再開の約束を交わした。

優しいキスをくれた。

その人物が、何故今になって突然自分に牙を向いている?

理解が出来ず眉間に皴を寄せる銀時に、土方は腹の底から沸き上がる怒りを必死に押さえ込みながら続けた。


「てめぇ、俺に隠し事あんだろ」

「・・・!?」


驚いて眼を見開く銀時。
それは身に覚えが有るからこそ出る反応。
土方の中の疑心は膨らみ、止まらない怒りは職務さえも思考から吹き飛ばした。


「言える訳ねぇよなァ?”真撰組副長”である、この俺にはよ」

「お前・・・っ」

「何のことか分からねぇか?ならハッキリさせようじゃねぇか」


目前に立ちはだかる子供達を無視して、土方は銀時を真っ直ぐに見つめて続けた。


「今回の事件の捜査中、興味深い話を聞いた。・・・攘夷戦争中、ある男についてこんな伝説が流れたそうだ」

「・・・っ」

「その者、銀色の髪に血を浴び、戦場を駆る姿はまさしく夜叉。・・・戦場では、敵味方問わずその男の事を皆こんな風に語っていたと」

「・・!!」

「テメェも聞き覚えあるはずだよなぁ・・・・?そいつの、通り名を」


次第に銀時の顔は力なく俯いていく。
だが土方はそんな銀時に確信を得たのか、顔をそれ以上無い程不機嫌にしかめた。


「・・・もっと分かりやすく言ってやろうか。敵味方問わず恐怖に陥らせた前代未聞の殺人鬼の名を、お前は知ってるはずだ」

「・・・っっ」


土方の言葉に、銀時は大きく眼を見開いて肩を震わせた。


殺人鬼。

鬼。

おに。


黙り込む銀時に痺れを切らした土方は、舌打ちをして一歩近付き、肩を落とす銀時を見下した。


「言えねぇなら、言ってやる。調べはついてんだ。テメェがその殺人鬼、白夜叉だな」

「・・・・っっっ」



驚いたように眼を見開く銀時は、それが真実だと認めているようなもので。
情報源は信用のおけるものだったが、それが本人によって事実であると確定されたことで、土方の腹の中に溜まっていた負の感情が爆発した。


「お・・・お前・・・!なんて事言うアルか!!銀ちゃんのどこが殺人鬼アルか!!!」

「そうですよ、百歩譲ってもそれは戦時中の話でしょう!?このかぶき町で銀さんが犯罪者になる訳・・・」

「コイツはもう立派な犯罪者じゃねぇか。・・・なぁ?戦争中だろうがなんだろうが、まるで鬼みてぇに、数え切れねぇ程天人を殺しまくった白夜叉さんよ」

「・・・・!!」

「・・・それ程の腕を持つお前なら、人間一人の首を掻っ斬る事くらい、造作も無いだろうぜ」


土方の言葉一つ一つを耳にする度、徐々に銀時の顔が歪んでいく。

苦しそうに、寂しそうに。

それが余計に腹が立つ。
否定の一つでもしてくれれば、まだ良かったのにと。
その反応は全て事実であると、そう告げられているようなものだから。


「・・・っ」


隠していたつもりなど無かった。
騙すなんてもっての他だ。
思い出すだけで痛いその過去は、口にすることすらも苦痛だった。
ただ、知られたくなかったのも事実。

しかし、それ以上に。
彼からは。
彼の口からだけは聞きたくなかった、自分への言葉。


彼が発する、”鬼”という言葉。


それは銀時が幼少の頃から、心の底にまで刻み込まれた、呪いの言葉。

それが今、再び自分に向けて発せられている。
それも、誰よりも信じ、深い愛情で繋がっていたハズの恋人の口から。

呪いの言葉をキーワードに、次々と銀時の脳内に過去の記憶がフラッシュバックしてきた。
震える体と彷徨う紅い瞳を止めることもせず、銀時はただ小さく呟いた。


「・・・違う・・・・」


しかしそんな銀時の心情を察知する事などできるハズも無い土方は、それでも否定しようとする銀時を軽蔑すらも込めたまなざしで見下ろした。


「何が違う?まだ隠し通そうってのか」


迫る見えない圧力と言葉の圧迫。
銀時の脳内に、亀裂が走る音がした。


「・・・・・ぃ」

「あ?」


小さな、掠れる声は聞き取る事が出来ず、土方は訝しげに聞き返す。
しかし、ゆっくりと向けられた銀時の表情に、大きく眼を見開いた。


「俺は・・・鬼なんかじゃ・・・ない」


何かに怯えるように、悲しそうに歪むその顔に、土方は言葉を詰まらせた。
誰よりも愛しいと思った存在だ。

傷つけたくは無い。

それでも、隠し事をされていたことが。
秘密を作られていたことがどうしても許せなかった。

それが自分の立場を大きく揺るがせるような内容であれば尚のこと。
その過去が真実であるのなら、それこそ今回の事件とは別件にしてでも捕らえなければならない。
更には、現状ではそれこそがこの殺傷事件の動機にすらなり得るのだ。

沸き上がる怒りはこの銀色の恋人として。
噴出す憎悪は真撰組副長として。
もはや、剥いた牙を折れるものは何も無かった。


「俺が聞きたいのはそんな事じゃねぇ。・・・てめぇが白夜叉なのか、そうじゃねぇのかだ。・・・答えろ」

「・・・」


一瞬口元を震わせた銀時は、力なく俯き、小さく呟いた。


「・・・そう呼ばれてたことは・・・認める」

「・・・っ」


思わず土方は銀時の胸倉に掴みかかる。
慌てて止めに入った子供達すらも振りほどき、怒りが爆発した瞳で紅い瞳を射抜いた。







「騙してたのか・・・っ自分の過去隠して、ずっと陰からほくそ笑んでいやがったのか、テメェは・・・!」

「そうじゃねぇ・・・っ俺は・・・」

「表ではヘラヘラ笑って情報集めて、陰では人間斬って楽しんでいやがったんだろうが!」

「違う・・・っ俺はやってない・・・っ」

「何が違うってんだ。躊躇いも無く天人も人間も真っ二つに斬れるとはな・・・腹の底まで鬼そのものって事かよ・・・!」

「っ!!」


何かが、銀時の中で音を立てて砕け散った。
ゆっくりと、紅い瞳から光が消えていく。



ゆっくりと、ゆっくりと。


こころがきえていく。



他の誰でもない。
土方の口から出た言葉に、銀時の心は完全に崩壊した。


「銀時・・・てめぇに裏切られるなんてな・・・」


そう呟いてまっすぐ銀時の瞳を見た瞬間。
驚く程に眼を見開いた。

胸倉を掴んでいる事で間近にある銀時の瞳は、自分など見ては居なかった。
ただ虚空を見つめる光の無い瞳からは、絶え間なく涙が溢れていた。


「ぎ・・・銀時?」

「銀ちゃん・・・?」

「ぉ・・・俺は・・・鬼・・・鬼・・・」


小さく呟く銀時の言葉を聞き入れようと耳を傾けようとしたその時。


「いやだぁあぁああ!!鬼じゃない!鬼じゃない!!殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで・・・!!!!」


近づけた耳の鼓膜を激しく揺るがすほどの絶叫が飛び出した。
突然の大音量に驚いて身を離した瞬間、銀時は崩れるようにその場にうずくまり頭を抱え込む。

それはよく聞くと命乞いをしていて。


「お・・・おい・・・っ!!」

「銀さんに近付かないで下さい!!」

「銀ちゃん!どうしたアルか!!」


突然の銀時の豹変に完全に混乱状態に陥った土方は、戸惑いながらも手を差し伸べる。
が、それは割って入った新八によって遮られた。
神楽が必死に銀時を抱き込もうとした、その時。


「いやだ!!助けてっ助けて!!助け・・っ・・・晋助ぇええ!!!」

「・・・!?」


今、なんと?
今、確かに銀時はこう呼んだ。

”晋助”と。

土方がいぶかしげに眉を潜めた時、正面にあった窓ガラスが勢いよく外から割られ、何者かが飛び込んできた。

土方が条件反射的に刀を構えその人物を見た時、開きかけた瞳孔を更に開かせる程驚く。
そこには今しがた錯乱状態の銀時が呼んだその人物が、忌々しそうに眼を細めて立っていた。






 

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