永久の唄 - 千歳side -
寄りかかる肩は自分よりも遥かに低い位置にあって。
でもその温もりが欲しくて、背後にある吸水塔の力を借りて僅かに体重をかける。
コテンと首の力を抜けば、思いのほか自分の頭部はすっぽりと相手の肩口に収まった。
今は本来であれば授業中。
この時間は体育の授業も無いのか、屋上にはグラウンドから響いてくる元気な声も聞こえない。
緩やかに過ぎていく時間が心地良くて、先程まで暗く塞がりかけていた心が晴れていくのがハッキリと分かった。
今日はとても嫌な夢を見た。
目が覚めているのに、目の前が何も見えない。
暗く深い闇の中に一人取り残されているかのように。
どれだけ瞼を開閉させても何も変わらずに、手を伸ばしても空を切るだけ。
怖くて怖くて仕方が無くて、泣き叫ぶとそれは夢だと頭が覚醒する。
なのにもう一度目を開けてもそれは変わらずに、同じようにまた暗闇が続く。
何度も何度もそれを繰り返して、ようやく本当に目が覚めた時には溜まらずに涙が出た。
左の瞼の裏側が赤く照らされていても、覚醒しているのだと信じられない程に心は憔悴していて。
ようやく瞼を開けて光を取り入れても、涙で歪んだ視界を見てまた泣けた。
その日はいつか必ず、お前に訪れる運命だと。
それが明日か明後日か、もっとずっと先かは分らないけれど。
でも逃れる事は出来ない、定められた道だと。
そう、改めて思い知らされた気がした。
一人で居るのが嫌で。
猫と戯れても心は満たされなくて。
苦しくて寂しくて、今やたった一人の拠り所へと助けを求めた。
それは言葉にならなくて。
悩んだ末に文字にすらならなくて。
何も文字の入力されていないまま、電子の力で救難信号を飛ばした。
一人は嫌だ。
でも、あの賑やかな空間に足を踏み入れる事も躊躇われて、一人屋上で空を見た。
救難信号への返事は無く、珍しく電源を入れたままの携帯をポケットに忍ばせて。
気にしないフリをしながらもそれを待った。
しかし携帯が音を発することは無く、代わりに屋上に響いたのは扉を開ける音。
驚いてそちらに目を向ければ、信号を送ったその人本人が立っていた。
泣きそうになった。
嬉しくて、嬉しくて。
縋り付きたくなった。
それでも涙は流れなくて。
駈け寄る事も、言葉を発する事も出来なくて。
気が付くとその人は隣に居た。
此処へ足を踏み入れてから一言も言葉を紡がずに。
きつく結ばれていた心が、ゆっくりと解けていく様な気分だった。
相手の肩口に頭を乗せてもう一度見上げた空は、さっきまでよりずっと色がある気がした。
「・・・嬉しか。ありがとうね、財前」
傍に居てくれて。
こんな自分を想ってくれて。
ありがとう。
返事なんて要らない。
ただこの感謝が伝わればそれでいい。
自然と頬が緩む。
嬉しさが滲み出る。
君はその名の通り、俺にとっての”光”そのものだ。
どんなに目の前が暗くなっても、気が付けばこうして自分の隣に居てくれる。
会話なんてない。
ただそこにあって、当然のように暖かい気温と光をもたらしてくれる太陽のように。
沈んでも、雲に覆われても、また登って、雲の上から照らし続けてくれる太陽のように。
傍に居てくれる。
ただそれだけでこんなにも救われている。
でも、俺は君を支えることは出来てる?
俺は君の太陽になれてる?
問えばきっと、君は「そんなんどーでもいいっスわ」とか何とか言ってそっぽを向くだろう。
与えてくれるもの。
与えてあげられるもの。
そんなもの、きっと誰にもはかることなんて出来ない。
こうして傍にいてくれるなら。
こうして傍にいられるなら。
きっとそれが全てなんだろう。
暗い暗い闇の中。
一人が怖くてもがいていた俺を、迷わずひっぱり上げてくれた温もりに、今は甘えて。
暖かい日差しの中で二人、ゆっくりと空を見上げた。