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第六幕

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・銀時」


女物の着物を纏った隻眼の男、高杉晋助は、一瞬土方に眼を向けてから直ぐにうずくまって自分の名前を呼ぶその銀色の元へと歩み寄る。


「殺さないで殺さないで!!おれは鬼じゃない、鬼じゃない!!殺さないで!!!」

「誰も殺しゃしねぇ」

「嫌だ嫌だぁあああ!!晋助、晋助・・・っ!!!」

「・・・銀時。俺はちゃんと居る。・・・だから落ち着け」


強く抱きこんでその頭を撫でる。
まるで過去に何度もこのような経験をしているかのように。
幼児退行したかのように泣き叫ぶ銀時を、高杉は手馴れた様子であやす。


それをただ、唇を噛み締めて土方は見つめていた。

仮にも土方にとって銀時は自分の恋人だ。
他の男の名を呼び、他の男に抱きこまれあやされているのを見て何も思わないはずは無い。

しかし。

銀時をこのような状態にしたのは自分だという事も分かっていた。
だからこそ、口出し等できるハズも無かった。


「銀時、おめぇは人間だ。鬼なんかじゃねぇ」

「でも殺した、沢山殺した、殺した・・・!!!!」

「違う、護ったんだよおめぇは」

「!!・・・晋・・・助・・・」

「銀時・・・だから、俺から離れるなっつったんだ」

「・・・っ・・・」


高杉の呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか。

銀時の瞳は更なる涙で大きく揺れて。
震えるまぶたがゆっくり閉じられると、白い頬を一際大きな涙の雫が流れ落ちた。
と同時に銀時の身体からは力が抜ける。
すぐさま高杉が支えてその銀色の頭を一撫ですると、そのまま抱き上げた。




「・・・高杉」


それまで立ち尽くしていた土方がようやくそれだけを口にする。
高杉は銀時を抱き抱えたまま、射殺す程の視線を土方へと向けた。


「オメェ・・・しか考えらねぇよなァ。・・・銀時をここまで壊せる野郎は」

「・・・」

「コイツが幸せそうに笑うから捨て置いたがな・・・。こうなっちゃ話は別だ」


目の前に突然現れ、平然と錯乱状態の銀時を寝かしつけて自分の前に立つ。
銀時が白夜叉であったのであれば高杉とも面識があるだろう。

しかしまさか、ここまでの関係だったとは思わなかった。

・・・自分のせいであるとは分かっていても、湧き上がる嫉妬は抑えられない。


「・・・テメェ・・・」

「ご立派にも妬いてやがるのか?そいつはおかしな話だ。コイツの精神ぶっ壊した張本人様がよ」

「・・・意図的にやったんじゃねぇ」

「意図があろうがなかろうが、現実はそうだろうが。・・・ま、大体の経緯は予想が付くけどなァ?」

「・・・」


ニヤリと笑う高杉を前に、それを直視する事が出来ず土方は視線を逸らす。
逸らされたことで噛み合わなくなった視線を銀時へと移し、高杉はその目を愛しげに細めた。


「コイツが鬼だって、本気で思うか?」

「・・。いや・・・」

「だがコイツはそう呼ばれて生きてきたんだ。銀髪に紅眼ってだけの理由で、物心付くよりも遥かに前から。心底憎しみ込めて、殺意と暴力のオマケ付きでな」

「・・・っ」

「十数年かけて治したコイツの精神を、壊したのはおめぇだ」


銀時に向けていた愛しげな瞳とは打って変わり、憎しみが滲み出るほどの瞳をぶつけられた土方は、その中に込められた殺気に思わず刀の柄を握り締める。

しかし高杉はそれにも構わずに続けた。


「これが奴のお望み・・・にしちゃ解せねぇがなァ・・・まぁどちらにしろ、これが奴の思惑通りなら、これから手ェ焼くのはおめぇ自身だぜェ」

「奴・・・?」

「おめぇらの言う鬼ってのは、別に居るってことだ。・・・奴だけは、この俺でも抑えられねぇからなァ」

「おい待て、何の話だ・・・!」

「さてな。ただ、一つだけ教えてやる。その事件とやらの犯人が銀時だってんなら、それもあながち間違いじゃねぇ。・・・斬った”手”は銀時のもんだろうからなァ」

「手・・だと・・・?どういう意味だ!」

「一つと言ったぜ?俺ァ。・・・じゃあな。・・・二度と銀時に、その面見せるんじゃねェ」


もう一度殺気を込めて土方を睨みつけてから、高杉が背を向けて割れた窓の外へ出ようとした、その時。





「待つアル!銀ちゃん連れてくなら、私らも一緒に行くネ!」

「銀さんをこのままになんて出来ない!高杉さんなら分かるんでしょう?銀さんが今どうなってるのか!なら教えてください!!」

「・・・」


眉間に皴を寄せて、自分を引き止める子供二人に眼を向ける。

その顔は必死で。

心から銀時を思っている事がひしひしと伝わってきた。

ふと視線を下げると、自分の腕の中で眠る銀時が眼に写る。
その姿は乾ききった返り血に赤く染まっていて。
見る人が見れば、誰もが土方のように殺傷事件の主犯と断定して敬遠するだろう。

それでも彼等は。
銀時を信じて銀時を護ろうとした。

誰にも気付かれないほど小さく口元に笑みを作った高杉は、それを直ぐに引っ込めて再び子供達へと視線を戻した。


「・・・気が向いたらいずれ説明してやらなくもねぇ。だが、一緒に連れて行くことはできねぇなァ」

「どうしてアルか!お前、一人で銀ちゃん独占するつもりアルか!?」

「そうしてぇのは山々だが、そういう訳にもいかねぇ。・・・それに言ったはずだぜェ?俺でも奴は抑えられねぇってなァ」

「・・・?どういう意味ですか?」

「命が惜しけりゃ、暫く大人しくしてるんだなァ。・・・コイツの為にもよ」

尚も言い募ろうとした二人だったが、一瞬にして窓の外に飛び出し雑踏に消えた高杉を追う事は出来なかった。

不意に背後から物音がして視線を向けると、土方が部屋から出て行くところだった。


「土方さん・・・!!」

「てめぇ・・・!自分がしたこと分かってるアルか!!銀ちゃんは・・・っ」

「・・・アイツの容疑が晴れたわけじゃねぇ。同時に高杉も事件に関与していると見なして捜査を続行する」

「まだそんな事を・・・!!」


叫ぶ神楽と新八の言葉を遮るように、土方は刀を鞘ごと地面に突き立てた。
畳に穴が開くほどの勢いで刺されたそれは、土方の震えが伝わって尚も床を抉る。


「・・・聴取中に私情に走った、それは認める。だが治安を脅かす犯人を逮捕する、これは俺の仕事だ・・・!!例え相手が誰であろうと・・・それに文句を言われる筋合いはねぇ・・!!」

「土方さん・・・」

「・・・邪魔をした。また事情聴取をさせてもらう場合がある。任意だが、協力してもらえると有り難ぇ」

「分かりました。・・・銀さんの無実を証明する為に」

「・・・そうか」


刀を再び腰へと戻した土方は、それだけを言って静かに玄関へと出て行った。
その後姿は覇気が無く。
これ以上罵ることなどできる筈も無い神楽と新八は、ただ黙ってそれを見送る他に無かった。

 

 

 

 

 

 

 






 

 

 

 

気がついたときには身体は痣だらけだった。

色んな所が痛かった。

痛くて

痒くて

冷たくて

暖かい物なんて

流れ出る血の温もりだけ。

だから

寒くて冷たくて仕方が無くなったら

自分を切って血に温もりを求めた。

でも温もりを感じた瞬間

今度は自分の身体がもっと冷えていくんだ。

なんで?

なんで?

みんなはとっても暖かそうなのに

ぼくにも分けて

ぼくにも分けて

お願いだよ

こんな願い事をするのは

ぼくが




鬼 だから・・・?





『     』


だれ?


『     』


きみはだれ?


『     』


あぁ。

知ってる。

ぼくは君を知ってる。


でもなんで?


ぼくはきみを思い出せない。

まるで

思い出しちゃいけない事みたいに。


なんで?


きみはこんなにも優しい声なのに

こんなにも暖かい声なのに

ぼくはきみを


思い出したくない。


どうして?

分からない。

その理由さえ

ぼくは思い出せない。


知りたい。


知りたくない。


哀しそうな顔をする君の記憶を




ぼくは捨ててしまった。







ゆっくりと眼を開けると、そこは見たこともない天井。
身じろぎをするとその身体には布団がかけられているようで、自分の体温が籠ったその温もりに安堵した。

明りが灯されていない室内は暗く、開放された窓から入る月光でのみ視界を維持できた。

光の筋を追うように窓に眼を向けると、そこには紫煙を漂わせる一人の男の姿。


「よぉ。ようやくお目覚めか」


自分が言葉を発するよりも先に放たれた声。
それは低く、しかし透き通った声音で、自分の身体の芯まで植えつけられた記憶を思い出させる。


「・・・晋助」


名前を呼ぶと、高杉は口元をニヤリと引き上げる。
しかしその眼は優しく細められ、まだ夢と現実の間を彷徨う銀時の心に安らぎを与えた。


「まだ寝ぼけていやがるのか」

「・・・起きてる」


ぼんやりと自分を眺めてくる瞳は紅く、見慣れた色。

しかし何故か違和感を覚える。

あれから三日。
江戸にある高杉の根城に連れてこられた銀時は、一度も起きる事無く眠り続けた。
錯乱したまま眠りについた銀時だ。
目覚めた時に、何かしらの異変があってもおかしくはない。

傍らにあった灰吹きのふちを軽く叩き吸殻を捨てると、高杉は今だ横になっている銀時に歩み寄った。


「おい」

「・・・何」


ぼんやりと答えてくる銀時の眼が、自分の包帯が巻かれた左目を捉えた。
問いかけた筈の高杉の方が、突然どうしたと眼を細める。
銀時は不思議そうに首を傾げて、ゆっくり左目を指差し疑問に満ちた言葉を放った。


「それ・・・どうしたんだよ」

「・・・は?」


自分でも呆けた声を出したと思う。
何を言っているんだコイツは。
そこに来て、高杉は剣呑に目を細めた。
悪い予感はよく当たるもの。
高杉は慎重に言葉を選んで答えた。


「見て分かんねぇか?見えねぇんだよ」

「何で?」

「・・・・」


これは。
高杉はこれ以上は危険だと判断して、話を逸らすことにした。


「斬っただけだ。今更話題に出すことでもあるめぇ」

「斬られたのか?」

「・・・いや」

「誰に」


ぼんやりとしていた銀時の眼が、不愉快そうに歪んでいく。
話しを逸らそうとすればする程食いついてくる。

・・・何なんだコイツは。


「・・・覚えてねぇよ」

「殺す」

「あ??」

「そいつ、殺してやる」


何俺みてぇな事言ってやがる。
明らかに様子がおかしい。
そもそもコイツがこの眼の事を知らない時点で異常だ。

・・・いや、何だ。

コイツのこの反応は、どこか懐かしさを覚える。
それは少し前のこと。


・・・まだ、この国が戦火に包まれていた時。







「だから、覚えてねぇと言ってんだ」

「・・・そうかよ」


拗ねた様にそっぽを向く仕草。

何故だ。

今の銀時には、つい最近まで見られた腹の立つ程人を馬鹿にしていた態度が見受けられない。

・・・確認する必要がある。


「おい銀時」

「・・・なんだよ」


まだ拗ねた顔をしてこっちを向く銀時。
心の底から沸き上がる懐かしさを、拭いきれない。


「俺が分かるかァ?」

「は?晋助だろ。ちげーのか」

「おめぇの仕事は?」

「仕事だぁ?戦争してんのに何言ってんだてめぇ」

「・・・っ!」


そう。
悪い予感は当たるもの。

間違いない。

コイツの記憶は今、あの地獄のような日々へと戻ってしまった。
高杉が眉根を寄せると、銀時は訳が分からないとでも言うように首を傾げた。


「っていうかお前、何でそんな格好してんの」

「・・あ?」

「闘いづらいだろうが」

「・・・闘う必要がねぇからだ」

「はい?」


噛み合わない会話。
それがこんなにも心が痛むものだとは思わなかった。


「銀時、おめぇはまだ闘っていやがるのかァ?」

「なぁ晋助、お前さっきから意味わかんねぇんだけど?」


不愉快気に眉根を寄せて言われた言葉は、まだ信じられない高杉の心にひしひしと突き刺さる。


「終ったんだよ」

「何が」

「終ったんだ、俺達の戦争は」

「・・・は?」


気だるそうに上半身を起こした銀時の身体を、高杉はまるで壊れ物を扱うかのように抱き締めた。


「んな事も忘れちまうたァ、頭湧いてやがんのかァ?」

「んだとコラ!人の事勝手に抱きながら何失礼なこと言っちゃってる訳?」


口喧嘩を交わしながらも、高杉は抱き締める手を緩めようとはしなかったし、銀時も振りほどこうとしなかった。


お前が忘れたかったのは、あの狗の事か?
それとも・・・


いずれにしても、俺は心のどこかで、銀時の記憶が退行したことを喜んでいた。
俺の腕の中に大人しく納まる、その紅い瞳を俺だけに向けるお前。

あの時逃げるように俺の腕から抜け出していったお前が、また戻ってきたようで。

俺は今この懐かしい温もりを噛み締めるかのように、そのまま銀時が喚くまで抱き締め続けた。









 

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