第三幕
沖田に案内されて到着した部屋は、今朝方隊士達が気合を入れて掃除したのか塵一つ無く、家具もきちんと調えられていた。
数日間生活するにもなんの不自由も無さそうだ。
ちなみに新八と神楽の部屋はこの両隣を割り当てられている。
現在は全員銀時の部屋に集まっており、銀時は畳に横になってお菓子を食いながらテレビを見ていた。
「にしてもまさか、巷を騒がせている事件の犯人に銀さんが狙われるなんて・・・」
「銀ちゃんはやる気も向上心も無い上にちゃらんぽらんで駄目人間だけど、確かに見た目は綺麗アル、あり得ない話じゃないネ」
「ねぇ神楽ちゃん?それ褒めてないよね?けなしてるよね?銀さんだって頑張ってんのよ?一応これでも」
頬を引くつかせながら背後にいる少女を見やると、銀時は再びぶつぶつ言いながらテレビへと視線を戻した。
新八は苦笑しながらそのやりとりを見ていた後、ふと思った事を口にしてみる。
「こうして話題に上がって気づきましたけど、言われてみれば銀さんの髪、確かに不思議な色ですよね」
「夜兎にもいろんなの居るけど、銀ちゃんみたいな髪は見たことないアル」
「コレで天パーじゃなくストレートヘアーなら、綺麗なギャルにもモテモテだったのによー。あーチクショー・・・」
「モテない理由を全部天パのせいにして現実から逃げてるよこの人・・・い、いやでもほら、さっき隊士の方々からはモテモテだったじゃないですか」
「あんなむさ苦しい野郎共にモテて何が楽しいんだよ。銀さんだって男だよ?れっきとした日本男児だよ、健全に女の子にモテてーよコノヤロー」
「その自堕落な生活を見直さない限り、一生かかっても無理アルな」
「ねぇ、泣いていい?」
そんな何気ない会話を交わしている最中ふと、新八の脳裏にある疑問が浮かんだ。
銀時の両親も同じ髪色だったのか。
そんな疑問を口にしかけたが、寸前のところで新八はその言葉を飲み込んだ。
思い返せば少し前、神楽の父である星海坊主と銀時の会話を聞いた限り、銀時は親や家族というものを知らないようだった。
であるならば、この質問は銀時にとってはあまりにも不謹慎な話なのではないか。
そう思って悩んでいると、ふいに銀時が立ち上がった。
「あれ、銀さん?どうかしたんですか?」
「便所でも行くアルか?」
「いや、ちょいと出かけてくるわ。こんなとこ居てもストレスたまるしな。めんどくせーからオメーらはここに居ろ」
「面倒くさいって・・・ちゃんと誰かに声かけなきゃ駄目ですよ?一応お金もらってるんですから」
「わぁってるって。じゃな」
「私らはこの家冒険してるアル」
「おーしてこいしてこい。ついでにあのマヨの部屋に嫌がらせしてこい。出来るだけ陰湿なヤツな」
「任せておくヨロシ!!!そーいうのは得意分野ネ!!」
「オィイイイ!そんな悪行許されるかぁあああ!!しかも神楽ちゃん傘構えちゃダメ!!それ陰湿じゃないから!正面からの破壊行動だから!!」
じゃーなーと手をヒラヒラさせて出て行く銀時の後ろ姿を見送りながら、新八はこれからの生活を想像して一つ深いため息をつくのだった。
「で、旦那。どこへ向かうんですかィ?」
割り当てられた自室を出るとそこには偶然か、それとも待っていたのか。
タイミングよく通りがかった沖田に声をかけると、二つ返事で外出の許可をもらうことが出来た。
といっても沖田にとっては仕事中にも関わらず、護衛任務として堂々と銀時と出かけられるので願ってもない事なのだが。
「ちょいとパフェ食いに。さっき貰ったパフェ食べ放題の券、期限今日中だったからな」
「へー。ま、どこであろうとお供しますがねィ。それより旦那、ちょいと伺いたいんですがね」
「スリーサイズなら教えねぇぞー」
「まぁそれも気になりやすが・・・これ以外で今までに、こういった事件に巻き込まれた事はありやしたか?」
「あー?んー、特にねぇな。昔は色々言われたこともあったが、こんなもん特に欲しがるようなヤツは居なかったハズだ」
「そうですかィ。ま、こっちも地道に捜査はしてみますがね。心当たりがあればすぐに教えてくだせェ。なんせ情報が少なすぎる」
「ったくメンドクセェ・・・犯人しょっぴいたら俺にも教えてくれよー?一発お見舞いしてやらねーと気がすまねぇや」
銀時は後頭部で手を組み、顔を不機嫌そうに歪ませる。
その表情はいつものようなとぼけたしかめっ面ではなく、どことなく本気で苛立っているような。
しかし普段あまり見ない程静かで、何か思い悩むような、そんな複雑な色の目をしていることを、沖田が見逃す筈は無かった。
「・・・旦那、今日はやけにご機嫌斜めなようで。何かありやしたか?」
「お天気注意報見損ねた」
「そうですかィ。でもそれだけじゃねぇハズだ」
「・・・・」
銀時の隣をゆっくりあるく沖田は、顔は正面に向けつつも、意識は銀時から一瞬たりとも離さなかった。
どんな心情の変化も見逃さない。
そんな気配を銀時は知ってか知らずか。
チラリと沖田を見て、またすぐに視線を前方へと戻した。
「近すぎるヤツには話せない事もありまさァ。俺で良ければ、話してみてくだせェ。気晴らしくらいにはなりやすぜ」
「そういう沖田くんは今日はやけにご機嫌が良いみたいだな。サディステッィク星の王子とは思えねぇ発言が続いてて気色悪いんですけど」
「気色悪いは傷つきまさァ。たまにはこういう日もありやすぜ、お互いに」
普段のドSな笑みからは想像もつかない程穏やかな笑みを浮かべる沖田に、やっぱり気色悪ぃや、と呟きながらも、銀時の瞳は穏やかに緩められた。
「ちょいと夢見が悪かっただけさ」
「夢見?」
急に理由を話してくれた気分屋に少し驚いて本人を見上げながらも、沖田は話をうながす。
「こんな髪色、今も昔も自分じゃ気にもとめちゃ居ねぇがよ。常識と違うもんが気にいらねぇヤツはどこにでも居るもんだ」
銀時はハッキリと口には出さなかったが、勘のいい沖田はすぐに合点がついた。
外来のものを毛嫌いする思考は、今だこの江戸においても根強く存在している。
そんな固定概念に縛られたこの国においては、沖田が美しいとさえ思うこの髪の毛も異端といえばそうなのだ。
今隣を歩くこの男が差別され、思いやりに欠ける言葉や罵声、暴力を多く浴びせられて生きてきたのであろうことは容易に想像が出来た。
ただ、今はそんな気配は微塵もなく。
あまりにも飄々としていて。
今の今までそんな過去を全く考えさせなかったこの男を、沖田はどこか寂しそうに見つめた。
「ま、そんな夢見の悪い朝から、似たような話が舞い込んできて、結果軟禁生活とくりゃ、さすがの銀さんも疲れちまうってもんよ」
「そいつはタイミングが悪かったですねィ。ま、パフェでも食って気分入れ替えてくだせェ」
「ホント君って自由だなオイ」
その厄介事を銀時の元へ朝一に持ち込んだのは他でもない、沖田自身なのだが。
まったく悪びれもせず爽やかに笑う沖田を見ながら、銀時は顔をひくつかせつつも、まぁいいかとその足をパフェの元へと急がせるのであった。
銀時が念願のパフェにたどりついてから約一時間。
人間一人が一度に食せるパフェの限界はどれだけ頑張っても二個ほどであろう。
・・・・と高をくくっていた店側にとっては、その甘い考えを根底から覆される事態に陥っていた。
「・・・・・よくもまぁそんな甘いもん、何個も食えますねぇ・・・尊敬しまさァ」
目の前で嬉々と糖分摂取を行っている銀色へ向けて、沖田は目を少し見開きながら感想を述べた。
銀時の前には空となったパフェの器が並ぶこと7個目。
現在は8個目となるチョコレートパフェに全力で挑んでいた。
とんでもない客を寄せてしまった店に哀れみを入れつつも、それ以上の興味は無い。
沖田は直ぐに意識を目の前の銀色へと戻し、その食いっぷりの観察へと戻った。
「食える時に食っとかねぇと。こんな機会滅多にねぇからな」
口の周りがクリームだらけになっているが、もはや気にするような領域では無いのか、話しかけるなと言わんばかりに再びパフェに立ち向かっていく。
もうしばらくは放置していた方が良さそうだと判断し、沖田は窓ガラスの外へ視線を移した。
往来には年齢も性別も様々な市民が行きかう中、それに混じって人外の風貌を持つ天人の姿も少なからず見かけられる。
その眼は無表情にその人々を追っているが、実際はその素行までもを注意深く観察している。
もし少しでも不振な動きをする者があれば、直ぐにでも斬りかかる勢いだ。
彼がここまで熱心に周囲を警戒することは稀で、それは全て今目の前でパフェに向かっているこの男を護る為だけに行われいてるのだ。
「普段の仕事もそれくらい熱心にやってくれりゃあ文句ねぇんだがな」
「!?」
外に意識を向けていたのと、声の主が気配を消していたからか、急にかけられた声に少なからず驚いて眼を向ける。
そこには黒髪の中で瞳孔が開いた瞳を覗かせる男が、煙草を銜えながら立っていた。
「気配消して忍び寄るとは・・・旦那、不審者発見でさァ」
「マジでか。あ、コイツ懐に危険物忍ばせてるよ、白いマヨネーズ的なものが見えてるよコレ。沖田くん早いとこ始末してくれない?」
「オメーら言わせておけば・・・!!!」
拳を震わせて怒気を立ち上らせた土方だったが、この二人を相手に口で勝負したらどうなるか。
残念ながら自分自身が何よりも身に染みて理解していた。
「・・・・っまぁいい・・・。おい糖分野郎、てめぇ呑気に出歩いてんじゃねぇよ」
「だからちゃんと沖田くん連れてきただろうが」
「こちとら必死に捜査してるっつぅのに、んなもんいつでも食えるだろうが!総悟も止めやがれってんだ!!!」
「そこまでの権限はありやせんぜ、旦那が行く先でこうして護衛すりゃ済む話でさァ」
「そういう問題じゃねぇんだよ、もしコイツがまんまと拉致られれば、俺達真撰組の面目丸つぶれだろうが!外じゃ警護が難しいのはテメェも分かりきってる事だろ」
「そうは言いますがね。この件については近藤さんからも許可が出てるんでさァ。アンタにどうこう言われる筋合いはありやせんぜ」
珍しく沖田が真剣な表情で土方を睨みつけ反論する。
近藤の名を出されたことでそれ以上言葉を紡げなくなった土方は、眉を寄せて沖田を睨み返す。
土方がここまで気が立っているのも珍しいことではないのだが、その理由としては捜査の難航と純粋に銀時への心配の念からであろう。
それが分かっているからこそ、沖田は真剣に言い返して納得させているのかもしれない。
あるいは恋敵からの妨害に対する自分の優越を見せ付ける為なのか。
彼の本心は計り知れないが、どちらにしろ土方にとって気分の良いものでないことは確かだった。
二人の間に珍しく重たい空気が流れる中、それを切り裂くように金属の触れる音が響いた。
「ふーー、食った食った。やっぱパフェはチョコレートパフェだな。・・・いやイチゴパフェも・・・」
「てめぇはまだ食ってやがったのか!!」
「旦那、マロンパフェもありまさァ」
「てめぇも何新たな糖分進めてんだコラ、食い終わったならさっさと帰りやがれ!」
「言われなくても、さすがの銀さんももう食えねぇっての」
膨れ上がった腹をさすりながらジト目で土方を見上げる。
やれやれと立ち上がった銀時を見て、沖田も傍らに置いてあった刀を手に取り立ち上がった。
その沖田を見て土方は銀時に背を向ける形で耳打ちした。
「・・・ここいらで不振な動きがある攘夷浪士を見かけたっつう情報があった。今回の件に関連があるかは山崎が調査中だが、くれぐれも気ィ抜くなよ」
「了解でさァ。旦那は俺が護りやすんで、安心して死ね土方コノヤロー」
「テメ・・っ・・・こっちが下がってやりゃ調子付きやがって・・・!!」
「どーでもいいんだがよ、帰るんならさっさと行かない?夕方から見たいテレビあるんですけど」
「あーそうだった。俺も見たいドラマの再放送がありやしたねェ。旦那、近道案内しやすぜィ」
「オイ総悟。テメェは仕事中だってこと忘れたとは言わせねぇぞコラ」
銀時がのんびりと会計に向かっていくのを追おうとしたところで、もう一度土方が沖田を呼び止める。
面倒そうに沖田が振り返ると、そこには打って変わって複雑そうな、なんとも言えない表情をした土方が居た。
「テメェに頼むのは癪だが、俺は捜査で手が離せねぇ。あの野郎・・・頼んだぜ」
「・・・了解でさァ」
沖田もそれ以上突っかかることはなく、再び身体を銀時の方へ戻して店を後にしていった。
窓の外を歩いていく二人を見ながら新しいタバコに火を付けると、一つ深く吐き出す。
一番頼みたくは無い相手だが、剣技において真撰組内にあの男の右に出るものが居ないのも、また事実なのだ。
土方は注文を取りに来た店員に断りを入れて、捜査の為自身も店を後にした。