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第十三幕

 

 

 

 

 

 

 


「雑魚に構うな!!赤月を引きずり出せ!!」


赤月率いる月光党の根城は、既に切り込みかかった真撰組により戦地と化していた。

正面からは陽動として新八、山崎、桂、近藤率いる陽動部隊が突入し、敵方の戦力が傾いた隙に裏口から沖田、高杉、土方、神楽率いる突破部隊が攻め込んでいた。


「その雑魚が多すぎるアル!おい片目!お前の部下は何やってるアルか!?」

「京都から呼び寄せていたんだが、奴らの方が一足早かったみてぇだな」

「冷静に言ってんじゃねぇ早く連れてこい!!」


そんな事は今出来る訳が無いのだが。
それこそ今は猫の手も借りたい。


「それにしても、今まで攘夷浪士を捜査してきたが・・・月光党なんて名前は聞いたこと無かったですぜィ?それが何で此処までの戦力を有しているんでさァ」


口は動かしつつも攻め込む手は緩めない。
沖田が目線も向けずに問いかけると、答えたのは神楽だった。


「そんなの簡単アル。テメェ等の職務怠慢に決まってるネ」

「おめーにゃ聞いちゃいねぇんだよチャイナ」

「・・・ま、奴ら全員が元々月光党とかいうふざけた部署の所属だった訳じゃあなさそうだぜぇ」


高杉はそう言うと同時に、彼らの手によって護るものの居なくなった裏口の門を蹴り破った。

その先には。


「・・・っコイツ等は・・・!?」


門の奥。
寺院の母屋へと続くその庭には、外に居た連中よりも手強そうに見える男たちが待ち構えていた。

その顔をよく見ると、どこかで見覚えがある者も何人か居るようだった。


「あ!アイツは確か、池田屋の時にひっとらえて釈放した攘夷志士じゃねぇですかィ?」

「それだけじゃねぇ。アイツは確か桂一派の人間として見た事がある」

「胸クソ悪ぃが、鬼兵隊で見覚えのある野郎も何人か居やがるな」

「分かったネ!!アイツ等は攘夷浪士の寄せ集めアルな・・・!?」

「そう考えるのが妥当だろうな。・・・チっ・・・全く攘夷志士ってのは節操のねぇ野郎共だ・・・!!」


土方が舌打ちをして構えると、それを合図にしたように一斉に中に居た男たちが飛び掛ってきた。

四人を筆頭に隊士達も迎え撃つように反撃しながら、徐々に母屋へとつめていく。
中央に居た巨漢を切り飛ばした沖田が、一息つくと同時にその眼を訝しげにしかめた。





「・・・おかしいですぜィ、こりゃあ」

「ぁあ!?」


再びあがった疑問に、今はそれどころじゃない、と言う様に土方が苛立った声をあげる。
しかし沖田は気にも留めずに続けた。


「母屋はもう目前なんだ。・・・なのにあの時旦那を連れ去った・・・あの忍達が出てこねぇとは・・・」

「このガキが!細けぇ事ばっか抜かしてんじゃ無いネ!来た奴ぶっ飛ばすだけアル!」

「不本意だがそこのチャイナ娘が言ってる通りだ。もしかしたら陽動部隊の方に出てきてるかもしれねぇからな」

「そいつはねぇらしい」


真撰組一行が瞬く間に門内部に居た男たちを蹴散らした時。

母屋内部の気配が変わった。
それを見逃さなかった高杉は目を細めて呟く。


「要するに、おめぇらがやった戦略と同じって訳だ」


その言葉を合図にでもしたかのように、ゆっくりと母屋の大きな扉が開く。
高杉を除く三人が息を呑むと、中からは黒い見覚えのある、あの忍らが姿を現した。


「へぇ・・・なるほどね。一番戦力が高い奴等が、護るもんの最後の砦・・・って事かい」


沖田の眼が瞬く間に凶暴な色に染まる。
沖田にとって真の敵とは、月光党でも赤月でも無い。
直接彼の目の前で銀時を連れ去った、この忍達なのだ。


「おめぇ等が・・・銀ちゃんを連れて行ったアルか・・・!?」


それは神楽にとっても同じこと。
いや、神楽だけではない。
此処にいる全員が、その眼の色を変えて刀を構えた。

それを母屋から見ていた忍。
その筆頭であると思われる、あの銀時を連れ去った男が声を上げた。


「こんな所まで乗り込まずとも、もうじき我らの方から出向いてやったものを」

「うるせぇ。あのバカを何処にやりやがった」


鋭い瞳を向けて土方が問うと、筆頭はその口元の布を歪めて答える。


「焦らずとも、もうじき会えよう。・・・そう・・・じきにな」


いつの間に間合いを詰めたのか。

沖田の剣先は、その筆頭の首元へと当てられていた。
しかし、男は眉一つ動かす事無く沖田を見据える。


「旦那の所在が分かろうと、俺はテメェ等をぶった斬らねぇと腹の虫が収まらねぇ」

「心配せずとも、お相手致そう。・・・我らが斬り倒されようと、あのお方さえ居れば、今の腐敗した幕府なぞ一瞬で転覆できようからな」


そう言うと同時に、筆頭は沖田ですら反応できないスピードで後方へ飛んで刀から逃れる。

追い縋り一太刀を浴びせようと一歩踏み出すが、筆頭の初動と同時に散開していた他の忍によってその足は止められた。
一人一人の力量は大したことは無いのであろう。
一対一で向き合えば、沖田らが引けをとる筈は無い程度だ。

しかし、あの真撰組での闘いで苦汁を舐めさせられ、今も対等にやりあっている理由は・・・ただ一つ。




「・・・チッ・・・なんてチームワークなんだコイツら・・・!」

「オイチャイナ。俺の援護しろよこの野郎」

「誰がテメェなんかの援護なんかするアルか!おめぇがバックアップするヨロシ!!」

「狗なんぞと手を組むのは死んでも御免被るが、どうもそうは言ってられねぇようだな」


今までの訓練を共にしてきたのであろう忍達と、ほとんど皆が皆犬猿の仲と言っても過言では無い彼等とでは、そのコンビネーションは天と地の差であった。

いくら銀時を救うためとはいえ、そんなそこいらの漫画のように都合よく息を合わせられる程、彼等は親しくない。

そこで。


「なら、簡単に息を合わせる即席の方法だ」


高杉はニヤリと笑って刀を構えて続ける。


「そこの栗毛が突っ込んで、そいつのフォローをテメェがやれ」

「ハ!?なんだそりゃ!!」


テメェ、と眼で示されたのは、勿論土方。


「こっちはおめぇが突っ込んで、俺がその尻ぬぐいをしてやる。有り難く思え」

「なんかやけに腹が立つアルなコイツ」


つまり沖田と土方のペア。
神楽と高杉のペアで闘うという意味である。
最初は不服そうであった土方だが、自分さえ我慢すればその組み合わせはなんとも上手く振り分けてある事は理解できた。


「・・・まぁ、この四人で組むよりは二人ペアの方が無難か」

「分かったらさっさとフォローしろよ土方コノヤロー」

「よし、片目!!この私についてこれるもんならやってみろアル!!」

「あぁ。おめぇが遅すぎて斬っちまったらすまねぇな」


お互いに悪態をつきながら、標的を絞って再び刀を振るう。
ものの数分でお互いの動きを察知した四人は、みるみるうちに忍達を押し返していった。

そして。


「おい。後はオメェだけアル。観念して銀ちゃん出すヨロシ」


神楽の傘と沖田の剣を向けられた、最後の忍である筆頭。

だがやはりその顔が恐怖に歪むことは無く。
歪められたその瞳はむしろ、優越感を滲ませた笑みだった。


「所詮我らは時を抑えるもの。申した筈だ。・・・我らが斬り倒されようと、あの方さえ居ればこの世界は変わる」

「負け惜しみですかィ?」

「我らはその役目を十分に果たした。此処で死するとも、それは本望よ」


口元を覆う布をゆっくりと外し、そして。


「元より貴様らを討つのは我らでは無い」


その手にはクナイ。
それを眼にして、急いで体制を立て直そうと四人が動いた、その時。


「貴様達が救うべき者の手によって、斬り殺されるがいい。それが貴様等の運命だ」

「・・・!?」

「・・・我が自ら命を絶てば、少なくとも貴様の私怨を達することは出来なかろう。・・・それが我が同胞を斬った貴様等への・・・報復だ」


自分達に飛び掛ると思っていたそのクナイは、あろうことか筆頭自信の手によって、その首を掻っ斬った。

大量の血を噴出してその場に崩れ落ちるのを、四人が呆然と見ていた時。


「敵に殺されるのを嫌いましたか。・・・まぁ良いでしょう」


そこに響いてきたのは、聞いたことのない声。
驚いて母屋の奥を見ると、いつから其処に居たのか。
静かに笑って此方を見ている、一人の男の姿があった。


「てめぇが・・・まさか!!」

「”まさか”というのなら、その問いかけには”何のことか?”とお答えしましょうか」


暗がりの中からゆっくりと進んできて、日の光に照らされたその顔は、高杉らより少し年を重ねているように見える。

高杉がこれでもかと言うほどその眼を不機嫌に歪めて、問いかけた。


「てめぇが・・・赤月寅之助だな」


男はその顔を怪しげな笑みで満ちさせ、ゆっくりと答えた。


「・・・えぇ。その通りです。・・・裏切り者の、高杉晋助」






母屋の反対側からは、依然として刀が弾かれあう音が響く中。

裏門から続くこの場所では、静かな睨みあいが繰り広げられていた。
この一連の事件の主犯である男を前に、皆殺気をあらわにする。


「誰が裏切り者だって?俺ァいつの間におめぇらの味方になったんだ」

「攘夷志士であり、過激な手法での倒幕活動。それだけで同胞となりえましょう」

「勘違いするんじゃねぇ。俺ァ”攘夷志士”なんてもんになった覚えはねぇ。俺ァただ・・・この世界をぶっ壊してやりてぇだけよ」


眼を鋭く細めて言い放つ。
しかし赤月は臆するどころか、ニヤリと微笑んでそれを流した。


「それは失礼しました。ただ、同胞の多くはそれを理解することは出来なかったようだ」

「群れたハイエナみてぇな野郎どもが何喚こうが構やしねぇ」


射殺すほどの眼光で睨みつける高杉と、それをただ怪しい笑みで流す赤月。
そこに割り込んだのは、苛ついた表情を隠そうともしない沖田だった。


「そんなどうでもいい話をしにきたんじゃねぇんだ。さっさと旦那を出しな。じゃねぇと・・・・斬る」


言葉と同時に刀を構えるが、やはり赤月は笑顔で応えるだけだ。


「そんなに焦らずとも、彼の方から会いに来るでしょう。・・・彼は貴方がたに会いたがっていましたからね」

「銀ちゃんが・・・っ!?」


眼を見開いて身体を乗り出すが、それを土方は軽く肩を引くことで止めた。


「無闇に動くな。・・・敵の罠の可能性もある」


食い下がろうとするも、ここは確かに敵の本拠地だ。

何があるか分からない。

軽く土方を睨みつけてから、踏み出した足を元に戻すことで同意を示した。








「あの方は、私にとっての光だ」


突然、赤月は笑みを引っ込め、真剣な瞳で言葉を発した。
訳が分からず四人は訝しげに目を細めるが、赤月は構わず続ける。


「あの方が居なくば、今の私には成り得なかった。それは私だけでなく、あの光を見た多くのものがそう感じています。・・・あの忍もその一人でしょう」

「同じくらい大勢の奴が、あいつを消そうともしてたがな」

「それは嫉妬ゆえ。自らの心に正しく順ずれば、自ずと皆、答えは変わりましょう」

「んなもん知ったこっちゃねぇな。少なくとも俺ァ違うぜ」

「おかしいですね・・・高杉晋助。貴方も当時の彼を所望していると聞き及んでおりましたが?」


訝しげに目を細める赤月に、今度は高杉がニヤリと微笑む。


「そいつは誤解だな。”白夜叉”が良いんじゃねぇ。今のふぬけたアイツが気にいらねぇだけだ」

「気難しい方だ。・・・あの白と並び立っていた貴方も、私は尊敬していた。・・・それが、獰猛な黒き獣も、たかだか狗如きと尻尾を振り合う程度に成り下がりましたか」


勢いよく赤月へと向けられた刀は、今まで様子を見ていた土方が向けたもの。
その額には青筋を幾つか浮かばせている。


「黙って聞いてりゃてめぇ、どこの誰に向かって”如き”なんぞ抜かしていやがる。ぶった斬るぞコラ」

「おめぇらなんかごときで十分アル。人にデケェ口叩いといてふざけんじゃねぇヨ、オイ」


じと目で見てきた神楽に、土方は言葉を詰まらせる。
確かに先ほど、神楽を止めたのは自分だ。


「・・・今の幕府の腐敗をしりながらもなお、その手に刀を持ちたいが為にお上に尻尾を振る。・・・これを狗如きと申して何が悪いので?」

「その点には異論はねぇな」

「恥ずかしくねぇアルか、このマヨが!」

「てめぇら言わせておけば・・・!!おい総悟!てめぇもなんか言ってやれ!」

「俺はただ近藤さんが行く道を行くだけでさァ」

「こんの・・・!」


土方が拳を震わせているのを尻目に、沖田はその瞳の色を変えて赤月を真っ直ぐに見据えた。




「お前が旦那をどう思ってようと知ったこっちゃねぇ。お前が旦那を連れ去った。旦那は此処に居る。俺達は旦那を取り戻しに着た。・・・となりゃ、やる事は一つでィ」


沖田は静かに、腰を低くして刀を構える。
それを見た高杉も、喉を鳴らして切っ先を赤月へと向けた。


「だ、そうだぜぇ?さっさとあの阿呆を出した方が身の為だ。・・・オメェの言う、獰猛な獣が暴れだす前にな」


沖田と高杉が踏み出したのはほぼ同時。
一瞬で間合いを詰め、二人の刃が赤月を貫くと思われた瞬間。

垣間見えた赤月の笑顔。

それを覆い隠すように、二人の視界は白く閉ざされた。


「「!?」」


隙をついた筈の刃が、何かに弾かれる。
二人はその場から後方に吹き飛ばされるも、なんとか受身をとって着地することが出来た。

しかし、あの白は・・・・?

同時に赤月が居たほうへ視線を向ける。


そこに居たのは、見間違える筈の無い人物。


「旦・・・那・・・っ!?」


なんとか沖田が、それだけを搾り出す。
そこに居た赤月を除く全員が、刀を構える事も忘れて呆然と見つめた。

二人と赤月の間に割って入り、その刃を弾き返した男。




その男の名は  坂田 銀時。




だがその姿は先程までの波柄の着流しではなく、純白の羽織を纏う、まるで戦にでも出るような姿。

いつもとぼけた表情を浮かべている面表にその影は微塵も見受けられず。

変わりにあるのは、にじみ出るほどの殺意と憎悪に満ちた形相。

その殺意は握り締められた刀と共に、真っ直ぐに沖田達へと向けられていた。


「”取り戻す”というのであればどうぞ、止めは致しません。・・・ただし、ご本人が同意したのであればの、お話ですが?」


何ものにも変え難い程愛しく尊い存在から向けられる、偽りの無い真っ直ぐな殺意。

それは鋭利な刃となり、彼が刀を振るうまでも無く四人の心を切り刻む。

想像していたものを遥かに超えた現状に、四人はただ、呆然とその場に立ち尽くしていた。









 

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