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第十幕

 

 

 

 

 

 

 



銀時が捕らえられた直後。
高杉は崩れ落ちた沖田の背中をただ呆然と光を失った瞳で見つめていた。
立ち尽くす高杉は真っ白になる脳内で、遠い、だがしかし鮮明に残る記憶を思い出していた。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






幼い日、そいつは突然現れた。
全身垢と泥にまみれた汚い子供。
その手には大切そうに抱きこまれた見覚えのある刀。
一見小汚いはずのその少年が、何故か眼を奪われるように美しく見えたのは、恐らく輝く程の銀髪と瞳の色のせいだろう。

口が利けないのか、ただただ黙るその少年の代わりに、先生が紹介を始める。
最初はただ変わった奴が来たと思っていたが、それがかけがえの無い存在へと変わるのにそうたいして時間はかからなかった。


やってきた少年の名前は、銀時。


無邪気に笑い、寝たい時に寝て、時々寂しそうな顔をする、眼が離せない存在。
高杉は友人であった桂と共に、銀時の容姿を罵倒する者が有れば、子供ながらに優れた剣技で払いのけた。

常に松陽の傍らから離れなかった銀時も、いつしか二人と共に遊ぶようになり、どこに行くにもついてくるようになった。




ある晴れた日の朝。
恩師である吉田松陽の体調を気遣った桂と高杉が、近隣の町まで行き薬を貰ってくると言い出した。
銀時もついてくると言っていたが、町にはいろいろな人間がいる事を考慮して松陽の看病を頼んだ。



それが、平穏の終りだった。



薬を入手してから帰宅途中。
先生の家がある方向から、空高くうねり昇る黒煙が上がっていた。


「・・・っおい!アレ!!」

「火事・・・っ?・・・高杉!」

「分かってる!!」


桂が珍しく取り乱して声をかけてくる。
だが高杉はそれに返事をするなり黒煙に向けて飛び出すように走り出した。
慌てて桂も追うように走り出すが、高杉は振り返ることもせず更に足を加速させていく。

その脳裏には、恩師の優しい太陽のような微笑みと、いつも自分の後ろをついて歩く、月のように儚い微笑み。
よぎった二人の姿に、高杉は唇を噛み締め、真っ直ぐに丘を駆け上がって行った。






「・・・っ!!」





目的地に辿り着くと、黒煙を巻き上げていたのはやはり、通いなれた塾の母屋であった。

先刻まで静かな自然の中にあったその建物は、今は赤黒い炎と煙の根源へと変貌していて、高杉と桂はただただ、変わり果てたそれの前に立ち尽くしていた。

その時、視界の端にふと小さく動く影を見つける。
よく眼を凝らして見ることで、ようやくそれが人だと気付く事が出来た。
そして。


「・・・っ!銀時・・・っ!?」


それが良く知る、何よりも大切な子供だと分かると、高杉は目を見開いて銀時の元へと駆け寄った。

近付くと銀時の姿は、それは眼も伏せたくなるような姿に変わり果てていた。

全身は打撲と擦り傷で埋め尽くされており、銀色の髪の毛は血で真っ赤に染まっていた。
傷だらけの身体はうずくまる様に丸められており、その瞳はただ呆然と、燃え盛る彼にとっての我が家へと向けられていた。


「銀時・・・?」


高杉に続いて駆け寄った桂が、恐る恐る声をかける。

だが何も聞こえていないのか、銀時はみじろぎ一つせずに座り込んでいる。

先生はどうなったのか。
火事の原因は何なのか。
その怪我は誰にやられたのか。

問いかけたい事は山ほどあったのだが、こんな姿の銀時には聞けるハズも無い。
高杉はその全てを喉の底へと押し込み、ゆっくりと紅く染まった頭を撫でた。


「・・・っ」


何かが頭に触れたことで、びくりと銀時が身体を震わせる。
しかしそれにも構わず、高杉は頭を撫で続けて静かに声をかけた。


「銀時」

「・・・」


ただ一点を見つめていた銀時の紅い瞳が、ゆっくりと高杉に向けられる。
それは一切感情の読めない、いや、感情など一切込められていない、人形のような瞳だった。

痛々しい姿に胸を痛めながら、懸命に、諭すように高杉は続ける。


「銀時・・・俺が分かるか」

「・・・」


真っ直ぐに見つめて問いかけると、しばらく呆然としていた銀時の瞳が揺れて、ようやく焦点があったかのうようにその瞳を見返した。





「・・・しん・・・すけ・・・っ!」


目前の人物が判別出来た瞬間、銀時は震える手を高杉へと伸ばす。

すがる様に、しがみつく様に。

高杉はその手を掴み引き寄せ、傷だらけの身体を抱きしめる。
傷が痛まないように優しく、しかし温もりを伝えるために強く。

堪えていたものが決壊したように、銀時は涙を溢れさせて擦れた声を絞り出した。


「せ・・・せんせ・・っ・・・先生が・・・っ!!」

「・・・っ」


やはり。
先生は中に・・・。
高杉と桂は心臓を鷲掴みにされた気分になったが、なんとか堪える。


「晋助・・っ!先生がっ!!先生を助けて!!」

「・・・銀時・・・」

「小太郎も・・っ・・!!」

「・・・それは・・・」


この炎から考えれば、恐らく先生はもう・・・

生きていて下さると。
希望を持ちたいと。

だが、同時にそんな事は有り得ないという現実も理解している。
下手な事を口にすれば、余計に銀時の心を傷つける。

高杉と桂は一瞬眼を合わせ、口を開いたのは高杉だった。


「・・・銀時、此処を離れるぞ」

「っ何で!!だって・・・っ」

「後で、後で必ず先生を迎えに来る。だから今は、安全な所へ行くんだ。・・・先生だってきっと、そうして欲しいに決まってる」

「・・・先生が・・・?」

「・・・あぁ」


少し身体を離して、不安気な瞳で高杉を見つめる。
まっすぐに見つめ返してうなずいてやると、銀時は複雑な表情をうかべながらも、ゆっくりと頷いた。


「・・・分かった」


今は、生き残ってくれた銀時を最優先に考えなければならない。
身を引き裂かれるような想いで、多すぎる思い出に背中を向けて、三人はその場を離れた。






燃え盛る炎は、一晩途絶える事は無かった。
人里から少し離れた場所にあった塾は、消防が呼ばれることも無く、自然の力で燃え尽きるまで放置された。

その間高杉と桂は銀時の傷を近場にあった薬草で処置してから、憔悴しきっていた銀時の身体と心を休ませる為に二人がかりで寝かせつけた。


そして。


ようやく鎮火し、灰の山となった家屋を三人がかりで捜索して、なんとか松陽の遺骨と思われる物を発見することが出来た。
骨壷を抱きかかえるようにして持つ銀時をつれてやってきたのは、高台の上にある大きな桜の木の下。

満開の桜が舞い散る中、その根元に壷が一つ入る程度の穴を掘っていると、ぽつりと銀時が呟いた。


「・・・先生、埋めちゃうのか・・?」


消え入るような声に、二人は心を裂かれたような心境に陥る。
だが、それを必死に隠しながら、桂と高杉は諭すように答えた。


「・・・あぁ。先生と、ずっと一緒に居たいのは俺達も同じだ。・・・だが・・・」

「先生だって、ずっと俺達に抱えられてちゃ居心地も悪いだろ?ここに来れば、またいつでも先生に会える」

「・・・うん」


名残惜しそうに骨壷をもう一度抱きしめてから、二人が彫った穴に、そっと納めた。
三人がかりでそれに土をかけながら、脳裏には優しく自分達を導いてくれた親とも呼べる人物の思い出が浮かぶ。

桂も高杉も、決して平気な訳ではない。
今にも泣き叫びたい程辛いのだ。

それでも。

小さな土の山となったそこに、大きめの墓標となる石を乗せる。
それを見つめながら、高杉はぽつりと呟いた。


「・・・先生はきっと、銀時を護ってくれたんだよな」


それは誰に向けられるでも無く。
いや、あえて言うならば、それは松陽へと向けられた言葉なのかもしれない。


「なら銀時は、先生が唯一遺してくれた形見だ」


視線を墓標から銀時に移して続けると、当の銀時は不思議そうに首を傾げた。
それを聞いて、桂は小さく、優しく微笑む。


「・・・そうだな。銀時が生きていた。・・・それだけでどれだけ俺達が救われたか」

「・・・?」


ふわふわした銀髪に桜の花びらが挟まっているのを見つけて、高杉はそれをとってやってから、自分より細身の身体を抱きしめる。


「なら、俺はこの先何があっても、どんな事をしてでもお前を護る」


桂も二人に近付き、銀時の頭を優しく撫でて言葉を発した。


「銀時も、銀時を護ろうとした先生の想いも。俺達は命尽きるまで護り抜こう」


二人の暖かさに、銀時はくすぐったそうに眼を細める。
しかし、未だ理解は出来ていないようで。


「・・・?どうしたんだよ・・・?突然」

「気にするな。これは・・・そう、誓いだ」

「誓い・・・?」

「あぁ。おめぇは俺達が護ってやんなきゃ、危なっかしくてならねぇからな」

「なんだよ、晋助もだろー・・・?」


むすっと膨れる銀時を見て、二人は吹き出すように笑う。
最初は腹を立てていた銀時だが、二人の笑顔を見ていて、ようやく久方ぶりの笑顔を見せた。

綺麗に、楽しそうに微笑む銀時。
それに見惚れながら、二人は改めて強く誓った。


「何があっても、必ず護り抜くと誓おう」

「だから銀時、勝手に俺達の傍から離れんじゃねぇぞ」

「・・・うん!」





先生の墓前の前で誓った。
それはどれだけの年月を経ても色あせぬ、魂に刻まれた誓い。
何を賭しても護り抜かねばならない誓い。

そう、護り抜かねばならないのだ。

立ち止まっている暇など無い。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄





記憶の海から意識を呼び戻し、呆然と雨に打たれていた高杉の瞳には光が戻る。
決意に満ちた心と共に、身を翻して向かった先は、既に浪士達が撤退した事で事態の収拾へと急いでいる、真撰組屯所の屋敷だった。









 

 

 

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