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季節外れの白雪

 

 

 

 

 

 

 









「だれが最初に、そんな風に呼んだんですかねィ」










季節は春。
満開とは行かないまでも、ちらほらと桜が芽吹き始めたこの時期に、空から降ってきたのは桃色の花びらでは無く・・・


白い雪。


公園に一足早い花見に来ていた二人のうち、一人が手のひらを広げて舞い降りた雪をすくう。
手のひらに付着した雪は、人体の熱に負けてその姿を直ぐに水分へと変えてしまった。
手が濡れた事には全く興味無いのか、男、坂田銀時はそのままふき取るでもなく空を見上げて呟いた。


「あーあ。寒いと思えば、こんな時に限って雪とはね。君なんかしでかした訳?」


それは隣に居る同行者の少年、沖田総悟に向けられた言葉。
沖田は視線だけ隣の少し高い位置にある赤い瞳に向けて、呟きに答えを返した。


「さて、身に覚えが有り過ぎてどれの事だかサッパリでさァ」

「そもそも花見なんて洒落たもんに誘う時点でもう事件起きてたね」

「そいつは心外でさァ。こうみえて風流は楽しむ性質なんでね」


へー、と、興味無さそうに銀時が返すと、沖田は視線を空へと移して少し考える。
吹雪では無いにしろ、雪が深々と降り出した空は白く、それは最近聞いたある過去の噂を連想させた。


「そういや旦那」

「なんですか沖田君」

「ちょいと小耳に挟んだんですがね・・・」


舞い降りる雪を眺めて居た銀時が、寒そうに首に巻いた赤いマフラーに顔を埋める。
言葉を切って沖田が近くにあった大きな桜の木に銀時を誘うと、銀時は寒さには勝てず素直に移動した。




「で、何を聞いたって?」

「あぁ。そうそう、市中見回りをしてる最中に、こんな話を聞いたんでさァ」


背後の桜の幹に背中を預けて、隣の男の髪色によく似た空を見る。
その瞳から心情を察することは出来ず、銀時は少し首を傾げて話を促した。


「・・・昔、攘夷戦争中、”白夜叉”って呼ばれた伝説の剣豪が居たってね」

「・・・・」


銀時は少し肩を震わせたものの表情は変えることはなく、沖田から視線を外して空へ向けた。
少しだけ纏う空気の変わった銀時を気配だけで伺いながら、沖田は続ける。


「その者、銀色の髪に血を浴び戦場を駆る姿はまさしく夜叉・・・って話らしいんですが、まるでおとぎ話だ」

「それも暇つぶしにすらならない位つまらねぇおとぎ話だな」

「だが興味はありまさァ」

「・・・へぇ。全く物好きだねぇ。知ってたけど」


深々と降り積もる雪は少しずつ地面を覆い始め、ちらほらと居た人影も姿を消す。
無音になったこの場所に、響くのは感情の読めない少年の言葉と、からかうように発せられる青年の言葉のみだ。
沖田は足元に落ちた大きめの雪を静かに踏み潰しながら、再び声を発する。


「旦那、俺はそれが”誰か”なんてどうでもいいんでさァ。ただ・・・」

「?」



「だれが最初に、そんな風に呼んだんですかねィ」




ゆっくりと木の根元から雪空の下へと移動して、沖田は足元を見つめながら呟いた。
それはまるで独り言のように、返事を期待していないかのように発せられた。
銀時は少し目を見開いたが、今度は楽しそうに細められる。


「それ、だれが最初に”納豆食べたか”ってのと同じくらい途方もない疑問なの気づいてる?」

「だれが最初に”マヨネーズをゴミにしたか”ってのと同じ位だとは思ってますがねィ」

「要するにものすごーーーく気分が悪い疑問だって言いたい訳ね」



楽しそうに笑うと、銀時も雪の下へと出て沖田に並ぶ。
沖田がちらっと顔を見ると、赤い目は雪でも空でもなく、何か遠いものをみるかのように細められていた。





「で。沖田君はそんな事気にしてどうする訳?」

「どうもしやせんがね。ただ、見た目だけで風評を流す野郎はいけすかねぇだけでさァ」

「そんなんでイラついてちゃ身が持たないよ?」

「問題ありやせんぜ旦那。アンタが隣に居てくれりゃそれもどうでもよくなる」


まっすぐ赤い瞳を見て沖田がそういうと、銀時は驚いて目を見開く。
その言葉に嘘は無いのだというように、彼には珍しく微笑んでみせると、人より白い頬をうっすらと紅色に染めて銀時は目を逸らした。


「よくもまぁそんな歯の抜けるようなセリフ平然と言えるな。お前は花輪君ですかコノヤロー」

「さすがの俺も語尾にベイビーは無理でさァ。超えられない壁ですぜィ」


二人で笑いあっていると、いつの間にか雪は止み、空には青空が垣間見えていた。
花見の続きでもしようかと、沖田は銀時の手を掴みゆっくりと歩き出す。
拒むことも無く、手を引かれて楽しそうに自分の後ろを歩く気配に、自然と笑みが浮かぶ。


白夜叉。


誰が最初にそう呼んだのか。
この男の、どこが夜叉だというのか。
例え今自分が当時のその姿を見たとしても、決してそうは思わない。

見るものを魅了する白はさながら雪の如く。
見るものを暖めるその表情はさながら桜の如く。



「今日の天気は、正しく旦那そのものでさァ」



季節外れの雪を踏みしめて。
暖かな桜が満開になるまで、あと少し。







 

 

 

 

 

 

 

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