第十一幕
「どういう事アルか!?」
「説明して下さい!!」
真撰組屯所内にある道場に、二つの怒声が響き渡った。
現在道場には真撰組隊士達を初め、途中から加勢した高杉、そして今まさに怒声を放った万事屋の子供二人が集っていた。
神楽と新八は今しがたここへと辿り着いたのだが、変わり果てた屯所内と姿が見当らない銀色に戸惑い問い詰めたところ、思いもよらない事実を聞かされた。
「だから、今説明した通りだ。・・・万事屋は捕縛された」
「だからそれが意味わかんねぇんだヨ!!お前ら銀ちゃんの護衛だった筈ネ!その為に此処に銀ちゃん連れてきた違うアルか!?」
「・・・返す言葉もない」
腕を組み唇を噛み締める土方と、つらそうに俯く近藤を見れば、さすがの神楽も言葉を詰まらせる。
神楽も新八も、理解はしているのだ。
言われずとも必死で戦い護ろうとしたのであろう事を。
にも関わらず無情にも目の前で連れ去られてしまった現実が一番痛いのは、彼等であろう事を。
それでも、叫ばずにはいられなかった。
他の何よりも大切な、彼らにとっては家族であるその人物が、敵の手に落ちてしまったのだから。
困惑と苛立ちでどうすることも出来ず握り拳をつくる子供二人をみやり、言葉を発したのは高杉だった。
「全く、銀時もこんなガキ二人に心配されるたァ、落ちたもんだな」
「っていうかなんで貴方がこんなとこに居るんですか!?」
「俺ァ俺の思うままに動いてんだ。おめぇに説明してやる義理はあるめェ」
「だからって行動が突拍子もなさすぎるでしょうが!!」
理解できぬ高杉と真撰組の共存に突っ込まずにはいられない新八であったが、事態は更に彼を混乱させる方へと動いた。
「副長、連れてきました」
「・・・久しぶりだな、真撰組の諸君。・・・やはり高杉も居たか」
「って、か・・・か・・・桂さんんんんんん!?」
山崎に連れられて道場へと入ってきたのは、正に真撰組の天敵として大々的に知られる桂その人であった。
いよいよ新八が卒倒しそうな勢いであったが、当人達は構わず話を続ける。
「よぉヅラ。・・・掴めたか」
「ヅラじゃない、桂だ。抜かりない。今説明しよう」
「桂・・・こんな時でなきゃ今すぐお縄をくれてやってる所だがな」
「むしろ銀時を護りきれなんだお前達にこそお縄をくれてやりたいところだ」
同じ場所に集いつつも、友好的とはいえないこの組み合わせ。
ますます首をかしげる神楽が桂の羽織をひっぱり問いかける。
「ヅラ・・・どういうことアルか・・・?」
「ヅラじゃ・・・っ・・・まぁいい。・・・あろう事か銀時が捕縛されてしまったからな。ここは共同戦線を張るのが得策とし、一時停戦を交わしたのだ」
「銀さん一人の為に、真撰組と攘夷志士が・・・!?」
「銀時を護る為ならば、どんな事もいとわぬ。俺と高杉は特に、な」
内戦にまで勃発しそうな関係であるこの二組ですら、手を取り合わせてしまう。
自分達の大将は想像していた以上にとんでもない人物であるのかもしれない。
そう子供達が感嘆していたのも束の間、さっきまで道場の隅で口を閉ざしていた沖田が突然、低い声をあげた。
「くだらねぇ話はどうでもいいんでィ、さっさと旦那の居場所を教えな」
「・・・よかろう」
剣を抱き抱え鈍く光る瞳を宿した沖田は、今にも斬りかかりそうな勢いだ。
桂は一瞬見据えるように眼を細めてから、小さく頷いた。
「奴らは”月光党”と名乗る過激派攘夷志士である事が判明した。率いる頭角の名は”赤月 寅之助”」
「調べ上げた結果、奴らの潜伏先はかぶき町のはずれにある、廃屋の寺院である事を掴みました」
桂と山崎による報告に、土方は目を細めて高杉をみやる。
視線に気付いた高杉は億劫そうに顔を歪めるが、小さく溜息を付いて口を開いた。
「そんな奴は聞いた事ねェ。聞くならヅラに聞きやがれ」
「何度言えば分かる。ヅラじゃない、桂だ!・・・貴様覚えておらんのか。何度か同じ隊で共に戦った男だぞ」
「・・・さてなァ。何百人と闘って何百人と死んでったんだ。覚えてねェ」
「待て、一つ聞きたい事がある」
そこで報告を耳にしていた近藤が口を挟む。
何だと二人が眼を向ければ、難しい顔をして腕を組んでいた近藤は真っ直ぐ二人を見据えた。
「・・・話の流れから考えれば、万事屋もその戦争に・・・?」
「・・・それがどうした」
眉根を寄せて桂が答えると、近藤はハッとした顔をして首を振る。
「・・・いや、ただ確認したかっただけだ。別に今更万事屋を捕らえるつもりなんて無いからな。過去の話だろう」
「・・・なら良いが」
「確か、あいつらはこうも言っていやがったな、最後の希望を取り戻す・・・とかなんとか。どういう意味だ」
「・・・それについては、今は詳しく説明している時間が無い。だが掻い摘んで話せば・・・」
眉根を寄せて問いかける土方に、桂は言葉を選んで説明を始める。
時間が無いのは確かだ。
だがそれ以上に下手な事を話せば、銀時があまり彼らに知られたくないであろう過去までも露呈しかねない。
「・・・戦争中、銀時のズバ抜けた剣技を見て、仲間達は皆畏怖するか崇拝するかのどちらかであった。畏怖するものは”夜叉”と罵り、崇拝するものは”希望”と崇めたのだ」
「どっちにしろアイツは気分悪かっただろうがなァ」
茶化すように口を挟む高杉を視線で制し、桂は続ける。
「赤月はその後者に属する男であった。だからこそ、無理やりにでも昔の銀時を取り戻そうとしているのだろう」
「その昔の万事屋ってのが、白夜叉って事か」
「・・・そう呼ばれていた事もあった」
「・・・」
白夜叉。
その異名を、真撰組副長である土方が聞いたことが無いハズは無い。
普通ならば、例え過去であるとはいえ、それだけの男だと分かれば要注意人物として扱われてもおかしくないハズだ。
だが。
「それで、奴らは万事屋を捕まえてどうする気だ?」
以外にも土方が話を変えてきた事に驚いた桂は一瞬眼を見張るが、直ぐに立て直して説明する。
「これは確信では無いが・・・恐らく薬物なり催眠なりで銀時を心身的に操作するつもりであろう。そうでもしなければ白夜叉の復活など出来よう筈も無いからな」
「銀ちゃんを薬漬けにするつもりアルか!?」
「・・・そいつは、穏やかじゃねぇな」
「事は一刻を争う。手遅れになる前に、銀時を救い出す必要があるのだ」
「その話、信じよう。俺達も直ぐに戦線を整える。・・・此処に居る奴らは皆、万事屋を慕ってる奴等ばっかりだからな。このままじゃ終れねぇ」
そう言って近藤が立ち上がり、桂に向けて右手を差し出してくる。
「此処に、正式にお前達との一時的共闘を申し入れる」
一瞬驚いた桂であったが、直ぐに小さく微笑みを浮かべて立ち上がり、近藤の手を取って頷く。
「感謝する。此方も同士達に話を通しておこう」
「勿論私達も行くアル!!銀ちゃんはうちの子ネ!!」
「銀さんは僕らの家族です!!絶対に助け出します!!」
真撰組と攘夷志士の共同戦線の成立に奮い立った神楽と新八もそれに加わる。
銀時が新たに見つけた彼の護るべき存在。
その二人を危険な場所に連れて行くことに一瞬の躊躇いはあったが、それは同時に彼らの意思を踏み潰す事と同意であることもまた、桂は心得ていた。
だからこそ。
「あぁ。アイツもきっと、お前達を待っているだろう。手を貸してくれ」
「任せるアル!!この私の傘が火を噴くネ!!」
「よし。何としても万事屋の野郎を助け出すぞ!」
「あぁ。俺も一度同士達の下へ行く。準備が出来次第奇襲をかけよう」
細かなやり取りをする桂達を見ていた高杉は、ふと視界の端に動くものを捕らえる。
何の気なしにそちらに眼をやると、それは何も言わずに外へと出て行く沖田の後姿だった。
訝しげに眉根を寄せた高杉は、一度小さく溜息を吐き、襟元に入れていた煙管に手を伸ばし立ち上がる。
「・・・全く、酔狂な野郎が居たもんだ」
愉快気に口角を上げた高杉は、ゆっくりと沖田を追うように道場を後にした。
忙しなく活動音が響き始める道場を後にして、沖田は鋭い眼光を進行方向へ向ける。
その手には刀を握り締めて、近付くものは全て斬り殺さんとする勢いだ。
只ならぬ殺気を放ちながら外へと向かっていた所、ふいに背後から声がかけられた。
「テメェは他の狗とは臭いが違うみてェだなァ?」
「・・・・ァ?」
ギロリと振り向いた沖田にも、声をかけた高杉は愉快気に喉を鳴らすだけだ。
煙管に葉を詰め込んでから火をつけ、煙を体内へと取り込みながら、高杉はニヤリと歪めた目を沖田へと向ける。
「殺気駄々漏れにしてどこ行きやがる。お仲間が準備だなんだしてる時によ」
「テメェは俺と近い奴だと思ってたんだがねィ。協定なんてどうでもいい。旦那の居場所が分かればこっちのもんだ」
「この俺をおめぇ如きと並べるんじゃねぇよ」
一瞬眼を不愉快気に歪めると、高杉は沖田から目を外し、背後の道場を振り返る。
「俺は銀時を護る為なら手段は選らばねぇ。必要ならヅラだって利用してやる。だがそいつは全部、確実にあの阿呆を護る為だ」
「何が言いたい」
沖田が苛立つように眉根を寄せて高杉を睨む。
道場を見ていた高杉は沖田へ振り向いて、ニヤリと笑いながら煙を吐き出した。
「俺は俺の意思で、目的を成すために利用するんだ。おめぇの意思で無策無謀に突っ込まれちゃ迷惑なんだよ」
「・・・」
つまり、怒りと憎悪だけで敵陣に乗り込もうとしている沖田を、高杉は止めているのだろうか。
いや、ただ彼の言う通り、無謀に行動されては迷惑だと告げているだけなのかもしれない。
いずれにしろ、沖田をここから出すつもりが無い事だけは確かなようで。
悠々と煙管を吸い込みながらも、沖田が戻るまで此処を離れるつもりは無いらしい。
「・・・テメェはなんでそこまで旦那に執着するんでィ。戦友なんて甘っちょろい関係だけじゃねぇ筈だ」
「おめぇに教えてやる義理はねぇ」
「なら俺もテメェに従ってやる義理はねぇでさァ」
「・・・」
あからさまに高杉が舌打ちすると、思案するように深く煙を吸い込む。
一際時間をかけて煙を吐き出すと、高杉はゆっくりと言葉を紡いだ。
「・・・アイツは俺にとっちゃ、本当の意味で”命”そのものって奴だ」
「どういう意味でさァ」
「そのまんまだろうが。説明はしたぜ。分かったら目障りな行動は慎むこったなァ」
「・・・納得いかねぇ」
再び愉快気に口元を歪めると、高杉は道場へと足を向ける。
だが一歩足を進めたところで不意にその動きを止め、しかし振り返ることもせず問いかけた。
「・・・てめぇはなんでそこまでアイツに惚れてやがる」
「そんなもん簡単だ。好きだからでさァ」
少し考え込むように高杉は沈黙し、ゆっくりと空を仰ぐように見上げる。
その眼は遠い昔を見るように懐かしげに。
しかし若干の悲痛な色を浮かべていた。
「・・・アイツの過去も知らねェくせにか」
「そんなもんは関係ねぇ」
「・・・てめぇ如きにゃ、アイツの痛みは背負いきれねぇぜ」
「・・・」
苛立つように沖田は高杉の背中を睨む。
食い下がりたいが、確かに自分は今の銀時しか知らない。
だがどんな過去を知ったところで、この思いが消えるとも思えなかった。
「鬼と罵られ、夜叉と恐れられ。何度も殺されかけて奪われて。それでもこんな腐った世界を愛でようとしてるアイツの荷は、生半可なもんじゃあるめーよ」
「・・・背負い込んでやる。旦那ごと、どんな荷だろうが痛みだろうが。俺の旦那への思いだって、生半可なもんじゃないんでねィ」
決意に満ちたその言葉に迷いなどなく。
高杉は軽く目を見開いた後、直ぐに喉を鳴らして笑った。
「そうかよ。・・・ま、酔狂な野郎は嫌いじゃねぇぜ」
そういって煙管を口につけて煙を吸い込みながら、高杉は今度こそ道場の中へと姿を消していった。
「旦那は、俺が・・・俺達が、必ず助け出してみせまさァ」
一人残された沖田からは既に殺気は消え失せており、代わりに精錬とした護るべきものへの想いが立ち込めていた。
理由はどうであれ、怒りに我を忘れた自分を宥めたのは他でもない、高杉だ。
しかし例え転地が引っくり返っても礼など言わない。
沖田はさっきとはうってかわって穏やかな、しかし大きな決意を込めた瞳を、一度澄み渡る空へと向け、すぐに道場へと戻っていった。