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その記憶を塗り替えて

 

 

 

「凛の髪の毛・・・ほんなこつ綺麗ばい」


ふわりと触れる大きな手。
目前でニコリと微笑む優しい顔。

この髪に触れていいのは、この手だけ。
自分が好きで好きで仕方が無いのは、後にも先にもこの微笑みだけ。

そんな君が褒めてくれるなら、時間とお金をかけて手入れをしてきた甲斐があったというもの。


「この髪はわんの自慢なんばーよ」

「凄かねー・・・俺ん髪とは真逆やね」

「ならバランスとれてていいやし」


ふわふわと風になびく髪は癖が強く、垣間見えた左耳に光るピアスは太陽を反射させて光っている。
しかしいつになくじっくりと見つめてみれば、その黒髪にはどこか違和感を感じた。


「・・・?千里、その髪の毛黒染めしとるんば?」

「あぁ、流石やね。そん通りたい」


ニコリと微笑んで返された肯定に、凛は少し驚いた。
黒染めしたという事は、それまでは少なくとも違う色だったと言う訳で。
そういうものに関心が無さそうだと思っていただけに、ほんの少し興味が湧いた。


「どんな色に染めてたんばーよ。気になるさー」

「普通の茶髪ばい。そげん変わった色でもなかよ」


自分の髪の毛をいじりながら笑う千歳はどこか照れくさそうで。
ふーんと唸りながら茶髪の千歳を想像してみる。
・・・が、なかなか上手くイメージ出来ない。


「写真とか無いんば?」

「あー・・・そげん長いこつ染めとった訳じゃなかけん、無かち思うばい」


すまんね、と眉尻を申し訳無さそうに下げる千歳に、逆にいたたまれなくなる。
別にそこまで見たかった訳ではないのだし。

・・・ただ一つ、気になる事がある。


「・・・その髪の時、橘の野郎は知ってるんだろ?」

「まぁ、同じ学校やったけんね」


特に何か気にした風でもない千歳は平然と答えるが、凛はあまり面白くない。

自分が知らない千歳を知っている。
独占欲と嫉妬心が多少目立つ凛からしてみれば、当然気になって仕方がない。


「じゃあ、何で黒染めしたんばーよ」

「・・・ん」


それまで楽しそうに答えていた千歳の顔が、ここに来て突然曇る。
どうかしたのかと凛が訝しげに眉を潜めると、千歳は慌てて眼前で手を振ってうろたえた。


「あ、何でもなかよ。そげん似合ってなかったけん、染直しただけばい」

「・・・・怪しいさー」


想像はなかなか出来ないが、千歳の顔つきなら茶髪でも似合っていただろう。
そもそも何をそんなにうろたえる必要があるのか。
凛は若干顔を顰めて問いかけた。


「ゆくしは許さんどー」

「嘘じゃなかよ。似合っとらんかったのはほんなこつばい」

「・・・」


なかなかに歯切れが悪い。
こんな時の千歳は大概何か隠し事をしている。
自分の中で消化しかねているモヤモヤしたものを。
柔らかい彼の心に陰を落とす過去の傷を。

だが凛はそれが気に入らない。

全てを曝け出せとは言わない。
しかし、千歳はそれを人一倍隠し過ぎるのだ。
隠して、一人で抱え込む。

そんなつらい思いは、させたくない。
だから無理やりにでもその記憶を吐き出させる。
これが例えいらぬお節介であっても。

でなければいつか、千歳が壊れてしまいそうだから。

そう思い眼で促せば、千歳は諦めたように軽く息を吐いて優しく笑った。


「・・・凛には適わんばい」

「当たり前やし。隠し通せると思うな」

「ん。・・・でもほんなこつ大した事じゃなかよ。・・・ただ」


一度言葉を切って困ったように笑う千歳はどこか寂しげで。
凛の中には再び小さな嫉妬心が湧き上がった。


「・・・ただ、獅子楽で退部ばした時、なんとなく染め直しただけばい」


やはり。
その頃の千歳に関わるのはあの男しかいない。
つくづく千歳の傷と記憶にまとわりつく男。

・・・気に入らない。


「そーいや、橘も昔金髪だったって?」

「そやね」

「・・・俺と橘、どっちの髪のが綺麗なんばーよ」


ニヤリと微笑んで顔を近づければ、千歳は若干頬を染めて眼を見開いた。


「ど・・・どっちって・・・」

「答えられんばぁ?」

「・・・ぅ」


更に近付いて頬に手を添えると、その顔は一層紅潮して俯いてしまう。
いつもは飄々としているくせに、こういう事には一向に慣れる気配が無い。

・・・そこが愛らしくて堪らないのも事実ではあるが。


「・・・千里」


促すように耳元で囁けば、観念したのか俯いていた千歳が口を開いた。


「・・・言わんでも分かっとうとやろ?」

「分からんさー」

「・・・凛はほんなこつ意地悪ばい」


少し口を尖らせて呟く千歳に微笑んでやると、更に小さくなった声が発せられた。


「・・・凛の髪と比べられるもんなんか・・・どこにもなか」


照れくさそうに。
しかし、確実に。
呟かれた言葉に凛は嬉しそうに微笑んで、ぎゅっとその身体を抱き締めた。


「千里の髪も綺麗やし。黒でも茶色でも関係無いさー。全部・・・しちゅんよ」

「・・・っ・・・ほんなこつズルか。関係なかち言うて、散々聞いてきたんは誰ね」

「しちゅん奴ん事は全部知りたいんやし」

「・・・そげんこつ・・・俺も同じばい」


控えめに背中に添えられた手は暖かくて、自分よりも大きな体を更に強く抱き締める。

金髪を思い描くなら、真っ先に自分を思いだして。
自分の過去を痛むなら、真っ先にこの会話を思いだして。

君の痛みの記憶は、全部自分との幸せの記憶で塗り替えてあげるから。

だから、一人で押し隠すなんて許さない。
一人で悩んで傷つくなんて許さない。

吐き出す事すらも痛いなら、それ以上の温もりで包んであげるから。



だから


君の姿を全部見せて。




変わりに僕の全てを、全部君にあげるから。





 

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